梅雨晴間
月形半分子


長雨が続いたあと、街は三日ほど好天に恵まれた。一昔前のように、誰かの車のエンジンが雨にやられたという話もないものだから、修理屋の親父は手持ちのポンコツのラジオをつけては、そのヘタレたスピーカーの音に満足するよりする事がない。
修理屋の息子はポケットの小銭を頼りに南へと歩き出す。少し先にある隣町のその先にある海へと向かって。アスファルトの道を大型トラックがときおり通り過ぎる。高く飛びすぎた鳥たちが、塵のように空を飛んで行く。 もう誰もが一昔前とは違う。その証拠に、もう誰もバッテリーの心配などしていない。心配しなくていい訳を、いったい誰が誰に教えたというのだろう。

長雨が続いた後、三日ほど晴れ間がのぞく。アスファルトも雲もからりと乾いて、何処かで鴎が死んでいることなど忘れてしまう。海も乾いているだろうか。網にかかった魚たちを引いて、船が銀のスプーンのように 滑らかに海をゆく。まるでそこにあるのが水ではなく沈黙であるかのようだ。

塵のように鳥が飛びさっていってしまったあと、修理屋の庭はいっきに密度を深め、虫も動物も羽のないものから順に発情期が訪れる始める。地中はもう乾いただろうか。愛しい無政府主義のミミズたちよ。民主主義など欲しがるものは人間だけだと、笑う蟻たちよ。長いあいだ雨が続いた後 三日ほど晴れたので、誰もが明日のことなど分からなくなってしまった。

海が波をおこして自らの錯覚をふりほどく。そうして海が自分を取り戻す頃、ラジエーターを壊した一台の車が修理屋の親父のもとにやって来る。息子は小銭を使い果たしたというのにまだ帰ろうとはしない。明日のことは分からずとも、また、雨はふるのだ。無政府主義のミミズたちよ。庭からはやがて羽のあるものから消えていくのだろう。蟻はいつかの軍国主義には理解を示しただろうか。

アスファルトも雲もからりと乾いて気持ちいい風がふいてくる。いまだに乾かぬものに向かって。


自由詩 梅雨晴間 Copyright 月形半分子 2014-07-04 21:39:09
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