転倒
いぬぐす
顔にある大きな穴を覗き込み背後の景色の美しさを観てうっとりとして
穴の背後に回ると 穴の前に立つ自分が見えて疑心暗鬼を生じていた
陽の光を遮光カーテンで遮ると部屋は蛍光灯の光に照らされてどこかぼんやりとしていた
自分の思い込みによる一般論で穴を覗くことを止めようとしてはくじけていた
会いたい アイタイ ア イタイ 痛い //会うと胸が痛いのは
愛している アイシテル ア イシテル 逸している //愛をすでに逸しているから
安心したくとも疑心暗鬼は消えない 信じたくても「あ」の不在は深刻だった
穴は日々足元に向かって転移していくので
いまや全身はネズミにかじられたチーズのようになっていた
自分の姿を穴から見たら立ち上がる力もなくなったので椅子になってしまった
穴は椅子に腰かけた 重みが伝わってきた
あまりの重さに声にならない悲鳴をあげた
(あまりにもお粗末な椅子だったので自分を支えられなくなった
椅子は倒れた 穴も一緒に倒れるかと思ったらそのまま立ち上がり
<穴を埋めたいのだけれど無理かな>と言う
<倒れた椅子を元の状態に戻す気は無い>と言う
椅子は倒れたことを泣いて謝った 穴は完全に椅子を見下していた 「あ」の不在の実証
さようならの言葉もなく 穴からは意味のわからない言葉や怒りの虫が湧いて出た
椅子は自分の財産はこの弱々しい椅子そのものだからこれで穴を埋めて欲しいと頼み
自分はこれで消えることになるがそれでもいいかとたずねた
穴はそこまでしなくてもいいと言いつつ椅子を切って穴を埋めていく
椅子は泣いた 穴からいまだに自分が見えたから
誰かに誇れるものが一つも無い自分のことを
自分ひとりの力で立ち続けることも出来ない自分のことを
<埋まったよ>そう言い残して穴だったものは違う道へと進んでいった
残された椅子は自力で立ち上がり人に戻ったあと遮光カーテンを開けて空を見上げた
大きな青い穴がそこにあった 覗いているのは きっと、