野菜戦士オコポちゃん①
まきしむ

  ?科学者サム


 幼児はアメリカの郊外に住んでいる。

 初夏のするどい陽光の照る中流家庭の住宅街、その中の一軒に設置された犬小屋で、ちょうどはいはいの格好からさらに腕を折り曲げた姿勢をとり番犬さながらにじっと道路をにらんでいる。

 しかし十分に一度車が通ればいいほうで、あとは通行人がかかとでアスファルトを打つ音や、隣りの家から聞こえてくるテレビのコメンテーターの甲高い声以外には、何も聞こえてこない。


 眠いな、寝るか。そう思い折り曲げた手を伸ばそうとした瞬間、庭に植えられた細長いつつじの木に、奇妙に色の入り混じった鳥がとまり、ざっと音をたてた。幼児が首をもたげそちらを見やると、ぴよー、ぴよーと鋭く二回鳴き、すぐにまた飛び立った。

 手にてなす、なにごともなし。脳裏に言葉を浮かべると、甘いまどろみの中へ身を委ねた。




 幼児はペットショップで買われた。幼児を見つけた時、あまりの嬉しさにスミス夫妻は手を叩き合い喜んだ。婦人の不妊治療がうまくいかず、ファミリータイプの住宅からの転居を検討しているところだったのだ。

 「犬小屋で十分です。知能も高いので番犬としても重宝間違いなし。オムツも必要ありません。」

 「それは...砂場かなにかに自分で用を足す、ということですか。」

 「おっしゃる通り。犬同然ですからね。クローン人間を作る試験段階として、赤子以上には成長しないこの『ベイビー・ドッグ』が開発されたのです。」

 ほう、知らなかった、しかし...と、戸惑う夫の横を通りレジへと向かう夫人の顔は少女のように煌めいている。やれやれ、そう首を振る夫も、まんざらではなかったのだ。彼は妻を愛していた。



ベイビードッグには自我があった。
ベイビードッグは、クローン実験に参加したメンバーの一人、科学者サムと、サムの飼い犬の胚を用い作られた。アメリカ国内に不特定にばらまかれたベイビードッグ1000体は、全てサムのものと、飼い犬の遺伝子を受け継いでいる。愛玩用として販売できるように、砂地に用をたす技術と、不審者に対し敏感に泣き喚くよう調教されている。
 しかし知能が引き継がれたことは想定外であった。赤子のからだで「あー」とか「ばー」しか言えないのだから、誰も気付けなかったのも当然ではあるが。

 彼がスミス一家に初めてやってきた日、スミス夫人が大好きな日本のアニメに登場するキャラクター、「野菜戦士オコポ」に因み、ベイビードッグ120号は(首の裏に薄く印字されている)「オコポちゃん」と名付けられた。 

( オコポちゃんは夫妻に愛された。オコポは実験室で生まれていらい何が何だかわからず、軽いパニック状態であったが、スミス一家に来て初めて本物の愛情に触れ、落ち着きを取り戻し、すぐに状況を把握した。記憶は持たないが、知識知能は完全にサムのものを受け継いでいたため、自分が実験によって作れられたことも、テレビ番組を見て理解した。赤子以上に成長しないこと、あと三年もすれば寿命が来て死に至ること。幸運により自分がこの夫妻に買われたこと。好奇の目にさらされ、どんな扱いを受けるかわかったもんじゃないのだ。)


 「オコポちゃん!オコポちゃん!」 
オコポは首をもたげ、舌打ちをした。オコポはいつも、なにもせず永久に眠っていたい欲求と、自分の命を買ってくれた以上夫妻を喜ばせなければならないという義務感と戦っていた。しかしオコポの表情もまた、『素敵な赤ちゃん☆ベスト10』第一位のとおる君を参考に愛くるしく微笑むよう調教、遺伝子の組み換えが行われているため、夫人の目にはオコポの口角が若干引きつっていることは映らなかった。



オコポは軽いうつ病にかかっていた。それゆえ一日の大半を寝て過ごすし、睡眠を妨げられるのは何よりも癪だった。
 「オコポの好きな、『ジャァキィミルク』買ってきたからね。家に入りなさい」
 「だー・・・・だー・・・・・」

 「だー・・・だーーー」
おこぽは全身の力を持って犬小屋から這い出た。まぶしい日がさしている。耐熱用のうぶ毛がたくさん生えているといえど、手のひらに地面の熱気が伝わってくる。口のはしからよだれが漏れた。夫人がすぐにそれをふきとる。鬱陶しい。心からそう思ったが、オコポはハイハイを続ける。

その時なにかがオコポの胸を打った。いける、、そう思った直後、夫人に尻を向け、道路の方めがけすごく早いハイハイをはじめた。
「オコポ!どこ行くの!」
オコポは勢いよく自分の尻にある青タンを叩くと、ハイハイの格好から足を伸ばし、犬のように四本足でかけ始める。本気で駆けるオコポのスピードに、あっという間に夫人は取り残され、オコポの姿はどこにも見えなくなった。




散文(批評随筆小説等) 野菜戦士オコポちゃん① Copyright まきしむ 2014-06-22 20:20:29
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