Mirage
ハァモニィベル

   *
レトリックの瓦礫が密集する街を頬を赤らめて通り過ぎてゆく足取りが虚しい
整然さを嫌った歪んだ街路ばかりの、あざとく惑わすような模造芸術の佇まい
支配電波が強烈な悪名高いB地区では入力辞書の変換も大してあてにならない
正統が異端となる街。俺は途を急いだ。ここには……音がない

その街の隅に、独りの男がいて、俺は彼に遭いたくていま、この途を歩いているのだ
踏み込めば、すぐに出たくなるような道ばかりを、蒼醒めつつ掻き分けながら進んだ
辿り着いた時にはひと足遅く、そこに目的の男の姿はなく、街を捨て旅立った後だった
俺は仕方なくこの地区を出て男の後を追い旅に出た

空が白くなり始め、明るさの萌すM区域に達した辺りに、一匹の山羊がいて、俺は
足早にそこを通りすぎようと、歩を速めた。その俺の背中に、とつぜん山羊が鳴いた
それは、俺の心を捕らえて離さぬ音だった

その声には、あらゆる人と人生の哀しみが篭っていた。
俺は泣いた。男は山羊になっていた。魂と叡智の宿った瞳。
その声は、……まさしく謌だった。

     * * *

旱魃の中を征く 破竹の水黽が ジャリジャリする砂の上を滑っていた
無限に吐き散らされた吐瀉物のような熱砂の上を ただ朦朧と 雑巾がけでもするように
否 否 否 熱風に煽られて其の身で雑巾がけされているように、が正確なんだ
彼岸も、此岸も、どんな位相も、多分、彼にはどうだっていいのだから ただ
降り下ろされる金槌だけを埴輪か土偶のように彼は歓迎する
胸の琴線に叩き込まれるような 非在の修羅の謌を

何も知らぬまま気づくと水黽は、迷い込んでしまっていた
靄となって禁酒法下の街の中へ。住人たち全員がアル中の街路では間の手が飛び交う
年代物のハイヤーム製腕時計サーキーも、ポエム社製の最新ウォッチも区別がつかず
空に何か渦巻いて沈黙しない限り、普段は揉みしだくような批評が取交わされている
コメントはむにゅむにゅし、時に鋭そうなペロスチャスチャスチャという鈍い音が響く

雨を待ちながら水黽は、カラカラの躰を引きずって何処へ行ったろう。時が過ぎ、
やがて誰もが忘れてしまった頃の或る日、貴方の手元に届くのは――
ポストを開けると、中で鷲が旋回し、置かれている切手の無い一通の手紙。
クラッシクで滑稽な現代詩で書かれたヘルツォーゲンベルクからの手紙である。

   * * * * *

歩きながら、手紙を開いてみると、音が流れ出た。リリリリ、…ククク…、リリリ、ククク…リリリ、ル〜ル、ル〜ル、……。
滔々と流れ続ける、Bydloの旋律。白く豊かな砂利を、さっきから嫌になるほど踏みしめている。道は、――もう骨を露わにし、とろみながら、 ・・・岸辺に ・・・風に・・・ 音色が舞い落ちる先から、まろやかに崩れてゆく……。その果てしなく甘く溶け、熟れ爛れて荒涼となった断崖に独り佇む あなたの左に、河は、乳の波涛を湛えて飛沫く。救いは、ただ 肌のようなぬくもりの白さ。漂う砂姫たちは 「けれど、妹ではないのよ」 そう耳元で微笑んで消え、蠢く靄を纏うあなたにひろがる視界。すると、眼の前に画然と亀裂が煌めき、空の裂け目からは純金の砂利が溢(こぼ)れ出す……。だが、岸辺のアナタは、もうそこにいない。


自由詩 Mirage Copyright ハァモニィベル 2014-06-09 16:05:35
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