月世界
藤原絵理子


静寂のクレーターの縁に座って
古いモノクロの写真を見ていた

塚山は緑に覆われて
そよ風は 海の方向から
茶色い戦いの記憶は 靄の彼方に
透けるシルクに描いた 絵物語

善悪の彼の岸に
波に打ち上げられた
長い髪の人魚が横たわる
頬は うす紅色

海の彼方からやって来た犬は
生涯に三度だけ 人語を話す

その男の部屋には
茶色い染みの浮いた壁に
一枚の絵が掛かっていた
湖上を進む 葬送の小舟

洞窟の暗闇の奥から 響く
黒いリズムの太鼓 鬨の声
地の底の赤黒い炎と共に
白い影は落ちて 消え去った 

薄皮のような 大気の下で
演じられてきた 数々の物語

くっきりした地平線から
かの惑星が 昇ってくる
青さが瞳に流れ込んで 涙になる
古いモノクロの写真 クレーターの静寂


自由詩 月世界 Copyright 藤原絵理子 2014-06-06 22:52:15
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