(1960—1993)
佐々宝砂

フランケンシュタインの怪物を俺は覚えている。
俺は子どもの時から頭が冴えていて、
誰よりも記憶力がよかった。
だから俺は超難関の試験をいくつもクリアし、
極秘の指令を受けて宇宙に飛び立つ人間として選ばれたのだ。
そうだ、俺は人間だ、それを忘れてはいけない。
俺は記憶力がいい。
今だっていい。
フランケンシュタインの怪物を俺は覚えている。
あの醜悪な姿。
人工的な怪物。
俺は違う。
俺は人間だ。
おれは人間だ。
おれはにんげんだ。
お・れ・は・に・ん・げ・ん・だ。

俺は忘れない。
俺は記憶力がいい。
俺は身だしなみに気を使うたちだった。
いつだって上着の衿はきちんとしておいた。
だが今や俺は鏡というものの存在を忘れたいと願う。
船内に鏡はない、鏡はない、
しかし俺の宇宙船にも窓はあり、
船内が明るい限り窓は暗く俺の姿を映し出し、

船内の灯りなど消してしまうに限る。

窓のそと幾光年の幾パーセクの闇黒に、
小さな黄色く懐かしい点が浮かぶ。
あれはなんというものだった?
暗い道、
窓からこぼれるともしび、
暖炉の火、暖かく、やさしく、
違う、あれはともしびではない、
やさしくはない、
人が造る暖かみではない、
しかしそれでも、
俺を生かすのは炎、乾燥、極端なまでの高温、俺を変えた熾烈、
俺は黄色い光の中で生きてゆけるだろう、
俺は光の中で安らぐだろう、
しかし俺がめざすのは安らぎではない。

俺の白くひび割れた背を押すのは放射能 炎 望郷 ともしびの記憶 太陽風
俺を突き動かすのは灼熱の

いや。

認めよう。
俺を突き動かすのは絶対零度の憎しみだ。
俺を置き去りにした奴ら、俺を見捨てた奴ら、
俺を苦しめるものでしかない、
しかし俺自身がそこから生まれた、
冷たい水。

俺は頭がよかった。今もいい。
俺が造ったこの宇宙船を見てくれ、見えないだろうがね。
ヒトの視覚は容易く誤魔化される、
俺の目とは違う。

俺はヒトではない、どうやら、すでに、ヒトではない。
俺の愛を受け止める者は存在しない、
俺を葬る者は存在するだろうか?

黄色い熱が強大になってゆく。
その脇に青く光るものを、
冷たく他人行儀な水の星を、
地球を、
俺は故郷と呼ぶべきだろうか?

俺は1960年に人の腹から生まれた。
俺はフランケンシュタインの怪物ではない。
俺は人の腹から生まれた。

書き留めておこう。
俺の名は、

ジャミラ。



(初出:蘭の会2005年1月月例詩集)


自由詩 (1960—1993) Copyright 佐々宝砂 2005-01-22 12:23:30
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