うたかた
砦希

タバコの箱くらいのおおきさの
チョコレートの箱に
金魚の絵が描いてあって
その金魚は箱をぱしぱしとたたくと
絵のなかの水のなかで
ぱしゃぱしゃと跳ねるのです

面白がってぱしぱしぱしと
たたいていたら
さいしょぱしゃぱしゃと跳ねていたのに
いっしょにぱしゃぱしゃとしていたのに
とつぜん金魚は
怒りだしたのです

金魚が怒るとどうなるのか
そのときわたしははじめて知った

金魚は真っ赤なからだを震わせて
みるみるうちに燃えはじめたのです

金魚だけが燃えるならよいのですが
箱ごと燃えはじめたのです
ぱちぱちぱちと火のひろがる音
たいへん
火事になってしまう

あわてて水をかけたのです

一見火は消えたようだが
火種は残っているに違いない
そしてみんなが寝静まったころ
きっとその火は
この家を燃やし尽くすだろう

そんな呪いのような不安に
とりつかれたわたしは
びしょびょに濡れたその箱を
指でちいさく千切って丸めたのです

小学生のころ
消しゴムのカスを丸めたように
ちいさくちいさく

そしてそれを
バケツの水に浮かべると
とても不思議な話なのですが
みるみるうちに
紙くずが次第に金魚になるのです
ぴちゃぴゃぴちゃと
今度は本物の音をたてて
水の中を自在に泳ぎ回るのです

面白くって
どんどん千切って
どんどん金魚を生まれさせた
わたしのこの指のさきっぽが
金魚を生まれさせた

いつの間にか
箱はなくなり
バケツの中には
数え切れない金魚が
ところせましとうごめいていました

泣くことも
叫ぶこともできず
ただ
言いようのない恐怖と
これで火事にはならないという
ほんの少しの安堵

を感じたか
感じていないかのところで
わたしは目を覚ましたのです


自由詩 うたかた Copyright 砦希 2014-05-30 22:15:23
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