また、イスのせい
「ま」の字

また、イスのせい
名のような
となえる声をかかえて ままのみちゆき
昼下がりの野辺は
視界を圧するしろい雲
暑くてあつくて まだ夏のあかし

山本通は一本道
左に傾く舗装に沿って
冬の風に苛まれた樹木らが
いまは「て」の字に荒れて立つ

了解も
理解もつけず
車が窪地に飛び跳ねる
轟音が野面を渡る
あの男のからだを踏み熨して作ったこの道
決起はおろかだったのか 
野心は悪なのか
密告と傍観の溜まり水に
そっとうしろ手を浸した者らの沈黙が立ちこめ
道の先が
少しひかるのもおぞましい 敗れても

哀れみをかけて美しくもしてやらぬのが
経済というものの流儀である

なあ、ほんとうに死んでいるのか
嫌なこと訊くなよ
だけど…
うるさいな いまさらどう言うんだ
まだ息があるだの
果てはこんなで見捨てあうの
どうにかなったの ならないの
そんなことを

 また イスのせい

黒く揺れる草の穂の向こうにのぞく空
それを卑屈に低い場所から眺めては
その名をズバリと言い当ててしまって
そのたびゲラゲラと嘲う
あんたらあつくるしいんだがねえ
いいやただ、土手にすわって空を眺めているだけだよ
俺たちは政治家や まして思想家になる道を選びはしなかった
さあ、歳月は戻らないから
つめたく夕日をお迎えするその日その時まで歩きなさい
それが人生に対する 前向きな態度というものだ

関係者全員
さいごは草のうみのどこかで風に吹かれる
「もと人間」の姿でな

狐の眼のようなものが静かにこちらを見ている
ほんとうのことを知りたい
ほんとうのことを ほんとうに知り
そして為したい 
たとえ失敗が待ち受けたとしても それはそれでいいではないか
けれどほんとうとは
うっすらと山野を覆っている うしろめたさなのか
今となって取り返しがつかなければ
見えないものか

山本通はいっぽんみち もっとさきまで
見えていい

また イスのせい

午後の光は角度を減じてゆく(数えてゆけば もう減じていた
そのぶん遠くまで見はるかせるから さびしくなる
気づいた者が次の番
刻々と色のついてゆく視界は哀しい 
忍ぶように延べ耐えよと もとめる
途方に暮れる

よのなかはながい不遇に塗りつぶされた
人はこの世で富のために生き
結局は景気の善し悪しだったとよ
ケラケラ嗤い
何というおろかしさの饗宴は一万年繰り返し 一万年は
石器のころ以来の
ちいさくひかる星のようだな
どこで 放射能も漏れ曳いている

どかん
どかん
どかん

窪地の道に乱暴に跳ねて飛ぶ
あれでコストと時間を短縮している
暑かった一日も終わりが近づく

 また イスのせい

いつもいつも 
イスのせいにはしてきたけれど
五十を越せば そのイスは
どこにあるかと
さがして まわる








  
「また、イスのせい」は私の名のエピグラムつまらぬ遊びですが、なにか引っかかり

  
「山本通」は職場前の道。このような痩せて細い道、のイメージだったが、先日しげしげ見返すと、なかなか立派な道だった。こんな詩を書いて山本通には悪いことをした



自由詩 また、イスのせい Copyright 「ま」の字 2014-05-24 23:18:24
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