無名の作家へのJKからのファンメール
yamadahifumi
僕はインターネット上で『山田薫』というペンネームで、小説を書いて発表したりしている。もちろん、僕はまだ無名の書き手にすぎない。しかし最近は自分の作品にも少し自信がついてきて、肯定的なコメントなどももらうようになってきたし、少しずつ人に見られているな、という感覚も少し出てきた。また、僕自身も自分の作品に何らかの如実感というか、リアルな感触というのが伴うようになってきたという自覚もある。ところで、先日、そんな僕にある女子高生からかなり長文のメールが送られてきた。僕はそれがかなり特徴的で、かつ興味をそそるものだと思うので、その名前を隠して、ここに掲載する事にする。このメールの掲載は本人の許可は取っていない。だが、僕は面白いものだと思うので、勝手にここに載せる事になる。ごめんなさい。Uさん。
ところで、この少女のメールを一読したら分かる事だが、この少女は僕の事を同年代の女子高生だと勘違いしている。僕はインターネット上で創作活動をする時、自分の年齢も性別も明らかにしていない。そして、彼女がメールで僕を同年代の女子高生だと思い込んだのは、僕が女子高生になりすまして作った作品を読んだからなのだ。僕は少女になりきった作品ばかり書いているわけではないが、そういう一つの作品がどうやら彼女の心に深く突き刺さったらしい。では、僕は次に彼女からのメールを転載したい。彼女はUさんと言って、苗字だけはそのメールで明かしてくれたが、しかしそれはここでは『U』という事にしておく。
『2014/5/17 件名 山田さんの作品『詩人少女』を読んで 送信者 U
はじめまして。私、都内の高校に通うUという者です。いきなり、こんなぶしつけなメールを送ってすいません。でも、私が突然こんなメールを送りたくなったのにはちゃんとした理由があるんです。それは山田さんの詩人少女』という作品を読んで感銘を受けたからなんです。ええ、そうです。私はあの作品を素敵だと思いました。・・・いいえ、もっと言うなら、私はあの作品を『正に私の事を書いている!』とそう思いました。そうです。あの作品の清田さんというのは正に、私の事です。十五才。高校一年生。多感な年頃です。でも、『多感な年頃だねえ』なんて誰かに言われると、私はうんざりしてしまいます。大体、世の中の色々な人は女子高生というものを勝手なイメージで決めつきすぎだと思うのです。どう思いますか?山田さん?。・・・山田さんも、あの作品で書いていたように、そういう経験があると思います。私、あなたの気持ちがわかるんです。そうです、誰かから、いやらしい目で見られるか、あるいは『馬鹿なやつ』と思って見られるか、それとも、同じ女子同士きゃっきゃきゃっきゃ騒ぐか、何というか、あなたの言う通り、私達にはそんな事しかないじゃないですか?。本当に、私はあなたの、山田さんの書いている事に共感します。私達は誰かが作った勝手な『JK』というイメージにとらわれているのです。そして、山田さんはそういうイメージにとらわれている私達の苦しい胸の内を、きちんと作品に書いてくださりました。私はそれを読んで思わず共感してしまったんです!。私は、山田さんの気持ちが分かります。でも、もしかしたら、答えは逆かもしれない。もしかしたら、山田さんが私の気持ちをわかったから、あんな風に書いたのかもしれない。ねえ、山田さん。あなたはどこの高校に所属しているんですか?。・・・もちろん、答えなくてもかまいません。だって、実はこの私は、女子高生になりすましてメールを送っている、四十代の中年男なのかもしれないのですから。実際には、そんな事はないですけれど。ねえ、山田さん。私はあなたが羨ましいんです!。あなたはまだそんな年頃ーーそう、私と同じ年頃なのに、こんなに的確に私のーーいいえ、私達の気持ちを描いてしまったんですね。私なんて、全然駄目です。私ね、将来美大に通いたいんです。その為に勉強もしています。そうです。デッサンから何から、私は皆に知られないようにこっそりと勉強しています。でも、この前、お父さんに相談したら、『うちにはお金がないからねえ』と言って、難色を示されちゃいました。でも、私は全然諦めるつもりはありません。そうです。全然!。私も山田さんみたいに立派な芸術家になりたいんです。そうです。山田さんは今はまだ無名で、そうして誰にも相手にされていないと思います。ひとりぼっちでそんな小説を書いているんでしょう?。でも、あなたはもう既に立派な芸術家、アーティストだと思います。だってあんなに素敵な作品を書いたのですから。でも、そんなあなたも、学校でも塾でも部活でも、いつもグループに馴染めないものを持っている。「詩人少女」に書いていた通りに。ねえ、山田さん。あなたは本当に十五才の女子の気持ちをよく分かっているんですね。そして、それをきちんと書いている。ねえ、山田さん。私は想像するんです。よく学校なんかで。つまらない歴史の授業中なんかに窓の外を見ながら、『ああ、今私はこうしてひとりぼっちで寂しく、辛い思いをしているけれど、でもこの同じ空の下、あの山田さんも私と同じようにひとりぼっちなんだわ』って。そう、私は山田さんが今の私と同じ気持なんだって、辛い気持ちでいるんだって、そんな事が私の今の心の拠り所なんです。ねえ、山田さんは将来、偉い作家さんになるかもしれない。そしてその内に周りから『先生』なんて言われるかもしれない。でもね、山田さん。私は思うんです。たとえ、山田さんがそうなっても(いえ、きっとなるでしょうけど)、あなたは今の女子高生の、小さなくだらない寂しさ、そういう辛さみたいなものを忘れないで欲しいんです。これは私があなたを好きだから言う事です。ねえ、山田さん。私達、どこかで会えないかしら?。もし、私に会いたいとか、私と話してみたいとか思ったら、このメールに返信してください。どうぞよろしくお願いします。だって私達は女子高生同士だし、会うといっても、そんな警戒する必要ないでしょう?。そうでしょう?。
ねえ、私ってつまらない事を沢山書いているみたいですね。でも、まだまだ書き足りないのです。迷惑。迷惑でしょうか。でも、あなたと同じ気持の人間がここにいる、って事を山田さんが知る事は、山田さんにとってマイナスにならないと私は思うんです。そうです。私ね、本当にあの作品に感服してるんです。だって、クラスで派閥みたいなのあるじゃないですか?。私の学校は山田さんの学校とは違って進学校で、皆行儀良いんですけど、でもやっぱり、山田さんが書いたような派閥があるのは同じです。それはそういうグループ同士いがみあっていて、成績の凄く良いグループとか、あるいは、誰々先生が好きなグループとか。そういえば、まだ私は書いていなかったと思いますけど、私の高校って女子校なんです。女子校。そうです。「詩人少女」の清田さんが通っているのと同じ女子校です。これも私は偶然の一致じゃないと思っています。私はあの作品をほんとに自分の事だと思って読んだんですよ!。ほんとに!。それで、女子校というのは山田さんが書いた通りに、嫌な所です。ほんとに。世間の、綺麗な『JK』のイメージなんて全部嘘です。嘘ばっかり。皆、互いに裏で悪口言い合っていて、それで色々なグループがあって互いにいがみあっている。それで皆で仲良くはしゃいでいたって、その後で、そのグループの誰々が私の事を悪く言っていたなんて情報が耳に入ってきたりします。でも、その情報自体、ほんとか嘘かわからないんです。そして、そういうのが又聞きで流れて・・・・ああ、もう気が狂いそう!。でもね、山田さん。あなたなら分かるでしょうけど、皆、そういうのに普通に溶け込んでいるんです。皆、そういう世界を当たり前だと思って生きているんです。でも、私には耐えられない!。そんな時でした。あなたの作品に出会ったのは。私は夜中に、自分のお気に入りの小説投稿サイトをチェックするんです。宿題が終わったらね。で、その時に、偶然あなたの作品を見つけたんです。私は最初の一行目から、あなたが私のもの、いいえ、私がもうまるごとあなたのものなんだって事、わかってしまいました。女というのはなんなんですかね。山田さん、どう思いますか?。あなたはあんな素晴らしいものを書く腕があるんだから、そういう事も分かっているんでしょう?。女というのは自分というものを誰か他人にまるごと預けたいという、そういう気持ちがあるのかしら?。どうですか、山田さん。そういう気持ちはありますか?。あなたにも?。私ね、あの時、あなたの作品に、いいえあんな、私の気持ちをそのまま描いてくれた作品を作ったあなたにすっかり惚れ込んでしまったのです。好きです。山田さん。でも、あなたは私と同じ身分の女子高生。そうでしょう?。だから、あんな作品を書けたんですよね。そうです。私は断言しますけど、あれは男の人には絶対書けません。私はそんなに難しい小説は読まないけど、でもこの事は分かります。あれは男の人には絶対に書けない。だって、男の人には女子校の、私達のこんな辛くて苦しい気持ちがわかるはずないですもの。だから、私はあれを読んでいる時に、私と同じように、女子校の教室の隅で、物凄く孤独で、一人切なくて、寂しさを感じている女子生徒を想像しました。その女子生徒が、一人夜中にパソコンに向かってあの作品を作っている、そんな様を。ああ、私は辛くてたまらないんです。でもね、山田さん。あなたなら、私の言う事が分かってくれるでしょうけど、本当に辛いのは、私の辛さが分かるのが私一人しかいないって事なんです。そうです。こんな事、私の両親にも姉にも言う事はできません。それから、友達にも先生にも。だって皆いつもどこか明るそうだし、それに暗い気持ちに沈むにしても、皆にはその理由がちゃんとあるんです。ええ、そうです。でも、私が一人辛い気持ちになるのに、理由なんてない。理由なんてない!。・・・どうしてでしょう。どうしてでしょうか、山田さん。私、「詩人少女」のあの場面が好きなんです。主人公の清田さんが授業をさぼって、そして美術室にそっと忍び込む場面。あそこで清田さんはとても辛い気持ちで、あの美術室の石膏像をなでさする。あの時、清田さんにはそれがミケランジェロのものなのか誰のものなのかわかっていないけど、でもその石膏像に自分の気持ちを託して撫でさする。あの辛い気持ち!。でも、あの辛い気持ちには理由なんてない。そうでしょう?。山田さん、あなたは作者だから分かるでしょう?。そうなんでしょう?。・・私も、辛いんです。そしてそれには理由がない。だからね、山田さん。私もやってみようとしたんですよ。授業をさぼって、美術室に忍び込んで、それで石膏像を撫で擦るって事を。でもね、授業をさぼるまではいきましたけど、その時間、美術室は他のクラスが使っていてね。私、恥をかきましたよ!。それで私は、元の教室に戻りました。『移動教室と間違えました』って嘘ついて。私、皆に笑われました。でも、そんな笑い怖くなかった。怖かったのは、あなた一人。そうです、私は山田さん、あなたに笑われる、それだけが怖かったんです。それだけが。
私って物凄く、変な事を一杯書いているんですね。今、自分で読み返して、びっくりしました。私って、こんなにおしゃべりじゃないんですよ。むしろ、凄く物静かな方なんです。それでいっつも、同じグループのメンバーからは「Uはいっつも、だんまりなんだからあ」なんて言われます。でもね、私はあんまり話す方じゃないけど、でも心の中では沢山の事を思っているんです。そう。誰よりも沢山。だから、私こんな長いメールを書いちゃったんですね。ごめんなさい。これだと、読むのも大変だと思います。でも、私はこのメールを削除しないであなたに送りたいと思います。どうしてだろう?。・・・わからない。私はあなたが好きなんです。あなたとどこかで一緒にランチでも取りながらお話できたらどんなにいいだろう、って思います。私には友達はいるけど、でも、友達の中では私はいつもひとりぼっちです。この感覚は、あなたが「詩人少女」に書いてくださった通りです。そうです。あなたは私だし、私はあなたです。そしてあなたはあの清田さんそのものだし、そして私もやっぱり清田さん。・・・辛いんですよね、私達。女子校、女子であるって辛いんですね。十五才。青春。女の子。そういう事って、世間が言っているのとは逆で、物凄く辛い事なんですよね。私は辛かった。でも、そんな時にあなたの「詩人少女」を見つけたんです。本当に、私はあなたに感謝してるんですよ。お世辞じゃなくって。私はあの作品をとても大切に思っています。そしてあなたの事も。・・・あなたはプロフィールには書いていないけど、女子校所属の高校生なんですよね?。私には分かります。だってそうでなければ、あんな作品は絶対に書けないんですものね。ええ、絶対。それでは、私のくだらないおしゃべりメールはこれぐらいにします。もし、私に興味があればこのアドレスに返信してください。そして多分ーーーこれは『多分』の事ですけど、もしあなたが私とお知り合いになって、そうして互いに色々話す事ができれば、私のその話はあなたがこれから書く小説のいいネタになると思います。だって、太宰治という人だってそういう風に書いていたんでしょう?。(教科書で学びました。)では、私のおしゃべりメールはこれぐらいにしたいと思います。でも、私は学校ではとても静かなんですよ。静かすぎてよく、「Uも何か言ってよ!」って言われます。でも、私はそれにうまく返せた事がありません。その事だけは、信じてもらってもいいと思います。ではこのメールはここで終わります。私に興味が湧けば、返信してくださって結構です。何時でも大丈夫です。遠慮しないでくださいね。それでは。また、いつか会う日まで。』
僕がこのメールを受け取った時、どんな顔をしたかという事はこれを読んでいる読者の想像にお任せする。だがしかし、僕はこのメールに対しては何とも返信のしようがなかった。このUという女子高生は僕の事を彼女と同じ女子高生だと信じている。僕は彼女のこの思い込み、その過ちをメールで是正する勇気がなかった。もし、彼女の書いている事が事実だとするなら、僕がそのようなメールを出す事によって彼女がひどく傷ついてしまう事が予想できたからだ。だから、僕は考えあぐねた挙句、彼女のメールには返信しない事にした。もちろん、二十代後半の男が十代後半の若い女からこんなメールが来て、これを知り合うきっかけにする、という考えも僕の中になくはなかった。しかし、問題はもうちょっと奥側にあり、僕としてそんな上っ面の下心で、彼女に面会するわけにはいかない事も分かっていた。
だから、それから彼女には一切、コンタクトは取っていない。そして、このメールが来てからもう一ヶ月になるが、その間に、彼女からのメールも一切来なかった。
だが実を言うと、僕は今、少し疑っているのだ。あるいは彼女のこのメールというのは、どこかの通信業者の巧妙な迷惑メールだったのではないか、と。そして、彼女は実は女子高生でもなんでもなく、ただの中年の男だったのかもしれない。そう、僕が女子高生になりすまして「詩人少女」を書いたように。
その真実はまだ少しも明らかにはなっていない。だが、僕は信じているのだ。このメールの出し主が、純真な、女子校に所属する高校生である、と。何故って・・・・・・そう思わなければ、やっていられないではないか?。僕はまだ無名の書き手だが、引き続き、女子校所属の純真な高校生からのファンメールを待っている。そしておそらく、そのメールが来れば、僕はあなたに会う為にそのメールに返信する事だろう。