まるで閉じられた目蓋が開いただけとでもいうように
ホロウ・シカエルボク






日常の中空にぽっかりと空いた
それはそれはおぞましい
真っ白い穴を眺め
メタル・マシーン・ミュージック、のような
冷笑的なノイズ
俺は
やがて窓に突撃して死ぬ雀なのだろうか
などと
ぼんやりと考える
小さな音でフォークソングが流れていて
静かなハーモニカがフェイド・アウトした
その瞬間
延髄にしのび足みたいな風が吹いて、そのとき
俺は気づいたのだ、後ろにもこれと同じ穴が空いていることを
なぜこんなものが、なんて
考えもしなかった、考えたところで
納得出来る答えなどあるわけもなかった、代わりに
この穴の中に潜んでいるものはなんだろうと考えてみた
真っ白を眺めながら思いをめぐらせてみたが
上手くいかないので目を閉じてみた
目を閉じた瞬間、食われるのではないかという危惧が束の間浮かんだが
どうやらそういうたぐいのものではないらしかった、おかげで
じっくりと考えをめぐらせることが出来た
気が狂ってしまったのでなければ、これは
なんらかの状態を象徴しているのだろうな、と思った
だとしたらそれはどんな状態なのだろう?この部屋にあるということは
おそらくは俺に関係しているものに違いない
そこまで考えたときにふと、何かが気になって目を開くと
ちょうど俺の目の高さと同じところに一対の目があった、そう、真っ白い穴の中にだ
値踏みするかのようにこちらを見ている、その目を見ていると
去年か一昨年あたりに見た夢を思い出したんだ、その夢の中で
俺は海の近くに居た、海の近くの、横長の休憩所的な木造の建物のあたりに
近くに女の子が三人居て、彼女らは丸太で作ったテーブルを前に、丸太で作った椅子に座って
この海に死にに来る人ってすごく多いんだって、という話をしていた
きれいな海なのにね、と女の子たちは考え込む感じになった、俺はそこを離れ
ちょっとした屋根がついている渡り廊下を歩いて、海の近くにある大岩に向かった
大岩はちょうど凱旋門のような穴がくり貫かれていて、人間が潜り抜けられるようになっていた
潜ると中は自然の侵食を利用した展示コーナーになっていて
その海の歴史なんかが語られていた
俺がぼんやりとそこを眺めていると少し肥満気味の大柄な爺さんがやってきて
展示品をチェックする振りをしながら俺のことを監視していた
俺を、死にに来た人間だとでも思ったのだろうか?
ああ、穴、と俺は思った
目の前の奇妙な穴のせいでそんな夢のことを思い出したのだろうか?それとも
なにかしら死を連想させるようなもののせいか?
あの夢の中で俺はその後、なにをしていたのだろう?
それ以上海へは近づかなかった気がする
荒れた路面を歩いてそう高くない山の頂上近くにある廃墟へ向かった気がする
それともそれは別の時に見た夢なのだろうか?
俺はやがて窓に激突して死ぬ雀なのだろうか?
そう、そういえば雀の話を思い出したよ、前にも書いたことがあるけれど…
それは小学生のころのことだ、低学年か高学年か、そこらへんについては思い出せない
体育館の中で、朝礼か何かしていたんだ、校長先生が話していた
換気のために開けてあった高いところの窓から一羽の雀が物凄いスピードで飛び込んできた
その対面にあった窓は閉ざされていて、雀はそれに激突して死んだ
とんでもない音がしたぜ、あんな小さな雀なのに、とんでもなくでかい音がした
生徒がざわついたけれど、校長は冷静に話を再開して、空気はすぐにいつもの空気に戻った
男の教師が一人、ギャラリーに上って死体を始末した、大事そうに両手で持ち上げていたよ
雀は窓が開いているかどうか確認出来ない、だからよくああいう風に死んでしまう、と
あとで担任の教師が教室で話した
その時は、そうかと思ったけど
今になって考えてみると、あいつやっぱり死ぬ気だったんじゃないかななんて気がするんだ、あれは
死ぬって決めたやつにしか出せないスピードだったような、そんな気がしてさ
判るだろう、そういう真剣さって
あのころは、やはり、判らなかった、先生の言うとおり、雀はそうやって死ぬことがあるんだって、普通にそう信じていたよ
だけど今こうして思い返してみると、俺にはどうしてもそんな気がしてしまうのさ…


妙な回想に気をとられているうちに、中空の穴は消えていた、それについては特になんとも思わなかった
目に見えるわずらわしいものがひとつ消えただけだ

そうか、雀…、と俺は思った
あれはあの世からの、あいつの眼差しだったのか
あいつの死を覚えている、方々で話している、この俺を眺めに来たのか…



それが真実と違うことは俺にも判っていた、だけど、そういうもんだよ





結論付けるには、流れに乗ってみるのが一番良いことだってあるのさ…








自由詩 まるで閉じられた目蓋が開いただけとでもいうように Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-05-16 00:58:20
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