六月三十一日
飯沼ふるい

そして歩けばいい
積み重ねた故意の失意が
足跡を深める砂丘
錆びついた音響が
骨を震わせ泣いている
そのような
最果ての
更に果てを
歩けばいい
彼もまた誰かを真似て
青く弾ける火花のような
孤児の鎮まらない痛みを
一人抱えて
静かに
静かに
声も忘れて

/

なにもない
爪もない男の
指差すほうには
正確さを求めるなら
なにもなくなる、だが
同心円に
なにもない
が拡がっていくから
差し出されることのなかった
手紙のような、なんてものも
なくなっていくことも
ないのだが

/

ファミレスで昼食をとっていた。
彼には秘密があって、それを一度だけ、高校の同級生だったMに明かしたことがある 。
大分前から食べる気を無くしていたパスタをフォークに絡ませていた。 足をもがれた節足動物の群れがのたうち回るような、なまめかしい渦が、自らをそう遠くない過去へ誘う。その渦の中心で、Mの哀れみの目尻がちらついている。
人に言わないことそれ自体に、何かを期待していた。薄い皮膜に包まれた、蛹の意思。それが彼だという担保、あるいは自信。しかしそれには共感も必要だった。孤独で自身の硬度を保てるほど強くはなかった。
Mは鼻で笑って仕舞いにした。自ら裂いた皮膜の中身は、重たい粘りの、精液に似た汁でしかなかった。
それ以来、秘密の意味と自身との両方に失望している。彼はわざとあの日のように静かに席を立った。
路上で空を仰いだ。飛行機が遠くを流れていた。しばらく日向を浴びていると、羽化せんとする原型のない蛹の意思を感じた。真っ直ぐな熱があった。
人を刺す、たったそれだけの冴えない背徳に何を期待していたのだろうか。しかし彼でないままに生きた彼は今や、他人、その差異、その意味を確かめなければならなかった。
人を刺さなければならなかった。私ではない物を抉る。抉られない私がここにある。その新しい熱。
金物屋はどこか探す必要が出てきた。彼はついに気付くことなかったが、それだけで久しぶりに生きている心地に満たされていた。

/

額縁に収められた親指にマニキュアを塗る
飢えた純粋はまた裏切られ
経血が流れる
その寂しさ
嘗めとる
熱砂の味がする
黄金の血
飲み干して
下血する

/

あなたはミニバンの後部座席で退屈していた。自分で車を運転しない長距離移動は久しぶりだった。東北道を下っていく。
あなたは暇潰しに2ちゃんねるを流し見していたが、那須辺りで電波が途切れがちになった。窓を見上げると、飛行機があなたの乗る車の進行方向とは真逆に飛んでいる。


【朗報】通り魔あらわる、死にたい奴はさっさとーー駅に行け!

さっきからサイレンがうるさい件

俺の凶器も人前で暴走しそうです><


たくさんの人生が一筋の白い軌跡に纏まって、空を淡く傷つける、時速数百kmの緩やかな経過、


ガチ家の近くなんだが、テレビうぜ
ー、報道ヘリの数増えすぎ、うるせ
ーよ、今北産業、第二の加藤、やべ
ーなこれ、何人逝った?、犯人捕ま
った?、ちょっと現場見物してくる
、電車とまってる、おいふざけんな
、マジかこれ、起きてテレビつけた
らこれ、加藤再来、駅で身動きとれ
ない、警察の数がヤバい、現場近く
おるけど変わらず仕事やで、都会っ
てこえーな、田舎もんおつ、奴は犠
牲になったのだ、田舎の方が陰湿や
ろ、ヘリうるせーぞ!、メシウマ、
テレビに友達うつった、こういう風
にわたしはなりたい、これはチョン
の仕業、ネトウヨ働けよ、えげつね
ぇな、なにこれ、被害者の無事を祈
ります、通り魔とかこわ、俺の右腕
が疼きやがるっ!、最低だな、運休
きた、もっとやれ、早く捕まえろよ
無能警察、人類間引きしてくれたん
だろ?感謝しないと、通り魔に刺さ
れて終わる人生って悲惨だな、犯人
の名前まだ?、がんばれー、もう驚
かない、親があの辺出掛けてるんだ
が、被害者の数がおそろしいことに
なってる、こういう事件増えたな、
盛り上がってまいりました、まだ捕
まってないの?、また都会かよ、思
想もない自己中ね、犯罪評論家乙、
犯人の身内がかわいそう、他人の不
幸で飯がうまい、今日人生初デート
、学校休みキター!、わりとどうで
もいい、


それを眺めながらあくびをかます、あなたとは?

/

隣室の三人家族は三十二時間後、練炭で心中を執り行おうとするが未遂に終わる。ざらついた異形の繋がりや、唇の端で腐敗した言葉の滓、糞尿、その他の排泄物に満たされた家族は死ぬ夢から覚めた後、離散する。反対の壁の向こうから子供の明るい声がする。どのテレビ局も連続通り魔の報道に熱をあげている。アナウンサーの深刻な顔。煉瓦ブロックの歩道にこびりつく血の痕をおさめたTwitterの写真。救急車のサイレン。テレビのボリュウムを下げる。子供はおとなしく、アニメでも見ているらしい。明日の朝、アパートの前をパトカーと救急車の列が塞ぐのを見て、子供は訳の分からない不安に怯える。そんなことはない。全て滅多に飲まない焼酎のせいだ。事実は通り魔と、家族の数だけセックスがあるということ。通り魔は僕の妄想ではない。通り魔はいる。通り魔とのセックス。ペニス。通り魔の数だけセックスがある。死ぬというセックス。血濡れたペニス。家族という神話体系。通り魔が僕を煽る。僕を犯す。僕には十時間後、旗振りの仕事が待っている。テレビを消す。通り魔が消える。ペニスが消える。

/

振り向いてほしくて
彼のエプロンを掴んだけれど
するすると紐がほどけていくばかりで
衣服も溶けて
皮膚も筋肉も骨も腸も大気中に分解されて
とろとろの半熟眼球ふたつ、ぽたりと落ちた
白色蛍光の光に濡れた
水晶体がわたしを映す
出かけなくちゃいけないのに
朝ごはんはまだできない
彼がわたしのことを可哀想な目で見ている
いや可哀想な目でって笑
あんた目しかないっつーのにね笑
あー朝ごはんあー朝ごはん

/

春と夏の真ん中で
日射しが君の形をくり貫いた
後に残った蜃気楼
ゆらゆらと
そこだけ秒針が頼りなく
君との時間も途切れがちになっていく
横断歩道を渡ると
風が器物を吹き飛ばす
振り返れば
めくれあがった舗装路のすぐ下に
生乾きの肉がひしめいている

ジューンブライド、その慰めのような響き
君が遠く
屈折した熱源の裏側へ蒸発してしまったら
町の名もすっかり消えてしまった

ジューンブライド、君の影だけがよちよちと歩きはじめ
傍観者の歌う民謡が
さみしい風を呼んできてしまったら
視線のない景観だけが取り残された

さよならしか言えない
祝日のない季節
いつまでも時間が進まない
非日常の季節
歩いても歩いても
日は沈まない
夜は明けない

/

「あ、ひこうきぐも」
そういって、はやしくんが、そらに、ゆびをさしました。
「ほんとだ」
「ひこうきぐもって、なに?」
「きれいだね」
といって、おともだちが、みんなで、そらにかおをあげました。せんせいが、ぼくたちのことをみて、わらいました。
ゆういちくんが
「ぼくたちのこと、みえているかな?」
と、いったので、みんなで、ひこうきに、てをふりました。
ぼくは
「おーい!」
と、おうきなこえで、ひこうきにあいさつしました。たくさんあいさつしたけど、ひこうきは、あというまに、みえなくなりました。
ひこうきぐもが、きれいでした。ぼくたちのこえが、きこえていたらいいなと、おもいました。そして、あしたもいいてんきだったらいいなとおもいながら、ずっと、そらをみていました。


自由詩 六月三十一日 Copyright 飯沼ふるい 2014-05-13 22:58:06
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