【HHM2参加作品】「旅立つということについて」小林青ヰ
そらの珊瑚

現代詩フォーラムという場所に限定していえば、ここに投稿されるいわゆるネット詩と呼ばれているものは膨大な数が毎日投稿されている。
タイムラインはよどみなく更新される。一日開かないだけで、ひとつの詩は一枚の木の葉よろしくネットという川の下流に流れていってしまう。
広い海に流れ出てしまえば、容易にはみつけられないほどに。

この詩は、そんな流れのなかで私が運良くといおうか、心に響く詩との出会いがある種の縁であるとすれば、何かしらの力がもしかしたら働き、それによって私がすくい取った一篇である。
できるならひとりでも多くの人に読んでいただきたいと思い、お祭りに乗じて紹介させていただく。



「旅立つということについて」小林青ヰ http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=269077&from=listbytitle.php%3Fenctt%3D%25CE%25B9%25CE%25A9%25A4%25C4%25A4%25C8%25A4%25A4%25A4%25A6%25A4%25B3%25A4%25C8%25A4%25CB%25A4%25C4%25A4%25A4%25A4%25C6 
ひがなゆくうつろいの
かべにたゆたう灯ろうのかげは
知らずに通りすぎる道のおもかげに
似ていた

あさひの昇る日である
ぼくたちは心ならずも死んでゆく
くびにあらなわをまいて
生きることに急いだ
      (全文)


一連目の『灯ろう』がひとつのキーワードとなった時代めいた叙情が二連目、夜が明けてがらりと一変する。
ゆるりとした空気が一瞬でぴいんと張り詰めるとでもいおうか。
「心ならずも死んでゆく」
この一文は表題の『旅立つ』ということに重なるものであろう。
人は不条理を生きている。
今ある生はひとつ残らず死にむかっているのだから。
それならば。生きるということの意味はなんなのだろう。

この詩で示されている大きなキーワードは『あらなわ』だと思う。
――あらなわ、荒く編んだ縄。何かを束ねるためのもの。
そのイメージはひどく乱暴であり、もし生身の首をそれでくくられたらば不快につきるだろうと想像できる。
あらなわで束ねられたものは傷つくのである。
くくってひっぱりあげれば、ものの数分で死に至るだろう。
けれど今、平和な現代日本で首にあらなわを巻かれる人はそうはいないであろう。
犯罪者であっても腰紐である。(あれが荒縄であるかは不明だが)
けれども世界のどこかには今も人権などなく、そういった光景が珍しくはない国はあるだろう。
人が人によって売られていく、ともとれる。

深読みをすれば、「ドナドナ」という歌詞の世界を想起させる。
ある晴れた昼下がり、仔牛は市場へ売られていく。
自分が売り物(家畜)だったとはたと気づかされる。首には(鼻?)たぶん、あらなわ。
自分が何者であるのか、それに気づくというのは幸せなのだろうか、それとも不幸せなのだろうか?

もうひとつ私が想起したものは「異邦人」という小説である。
※「きょう、ママンが死んだ」という一文から始まるが、あれもまた生きることの不条理を描いたものでなかったか。
「太陽がまぶしかったから」というへんてこな理由で殺人を冒して捕まった主人公ムルソーはまさに文字通り生き急いでいた。
そして死刑判決を受ける。
生き急ぐことを実感して、つまり日常は忘れていた死をすぐそこに意識することによって生きている喜びを叫ぶのである。
ムルソーの綴りはMersault。le soleilは仏語で太陽という意味で、saultはそれを暗喩させるともいわれているらしい。
はからずも、この詩においても太陽が大きな舞台装置となっていることは、何がしかの共通項を感じさせる。

しかし本詩の記述は「くびにあらなわをまかれて」ではなくて「あらなわをまいて」なのである。
まいたのは、自分というふうに捉える方が極めて自然だろう。
「あらなわ」とは生きていく以上いやがおうでも社会に帰属しなければない、ということを象徴しているのかもしれない。
真の意味での異邦人にはなかなかなれるものではないだろう。
よって生きていくために、自らの手で自らのくびにあらなわをまく。
とすれば、この詩の根底にある生きることへの不条理感というものがあらためて強くたちのぼる。
けれども絶望や悲観はもちろん匂わせてはいるが、旅立ちの日、つまり自分が何者であるのかを知るであろう日は『あさひの昇る日』なのだ。
生きるということの意味、そんなものは最初からなくて、ただ生きているという現実だけが在るのかもしれない。

そこに命というものへの絶対的な肯定、のようなものを感じるのは私だけであろうか。(敬称略)


 ※「異邦人」カミュ(窪田啓作 訳・新潮文庫)より引用





散文(批評随筆小説等) 【HHM2参加作品】「旅立つということについて」小林青ヰ Copyright そらの珊瑚 2014-03-25 13:14:34
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