見張り塔を、降りて
末下りょう


進撃の巨人を寝転がって読んでいたら
遠くで巨人が歩いたように
揺れた

漫画をわきに置き、
テレビをつけると
速報の揺れは
50m級だった

カーテンを開けると、もうすぐ朝で
上着を羽織り
サンダルで
家の外にでた
電話すると、眠そうに
きみはでた


どうしたの。
あ、寝てた?
うん、ねてた。
揺れたから、こっち。
え、そうなの、わかんない。
足音は?
ないよ、聞こえない。
そっか、起こしてごめんね。
うん、へいき。
うん、じゃ。
うん、おやすみ。
おやすみ。


電話を切って、ピンクのママチャリに跨り
ストッパーを蹴って
ペダルを漕ぐと
風が、錆びたカゴを
震わせた

国道にある自販機で
熱い缶コーヒーを買って、
カゴに入れた
通りはまだ静かで
車も少なく、野良猫も鴉もいない
赤い橋を渡り
歩道に自転車をとめて
土手を降りた

灰色の空は
プラスチックを溶かしたような匂いのする
呼吸を白く、映して
ごまかす指が
缶のプルを引いた

川辺にレインコートが捨ててあって
宇宙服のために
拾って

水面は穏やかで
小石を投げると
跳ねずに沈み、缶のコーヒーが少し
零れた

雲が切れて
微かな日が差しこみ
なめらかな仮説を
1羽の水鳥が
鳴いた

でも、雨は降りそうで
平熱は熱くめぐるけれど
風上にからだを向けていれば
乱れることもなく、
耳の奥の
神さまの影のなかに立つ巨人も
まだ僕の朝は、
奪えないでいる

きっと今夜も
見えないものから眼をそらせないまま
見張り塔に座って
僕は巨人の図鑑を眺めて、
馬に乗って近づいてくる
2人の男に気づかず
羊たちを見守る牧者がおこした焚き火の
小さな明かりと、立ち昇る煙を
たまに見るだけで
髪の毛の美しい女も
食事することは忘れなかったみたいに
帰り際、白いフラッグを
たたみなおす



自由詩 見張り塔を、降りて Copyright 末下りょう 2014-03-11 18:18:52
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