つばさが消えない
千波 一也



赤い目をしたうさぎの耳に
月から
はぐれた言葉が落ちる
ので、
偽らざるをえないだろう
いつか
偽らざるをえないだろう

うさぎは白くて赤い目をしている
茶色や黒やまだら模様もあるけれど
昔、
小屋からの脱走を試みた挙げ句に
自らの身を半端に裂いて息絶えた
あの
赤い目の白うさぎが
わたしを離れない

「どうしてだか僕は、ほかのみんなとちがう気がするんだ。おまえは死んだのだから、そこにいてはいけないって、お月様が言ってたし。ねえ、死んだ、っていうのは、どういうたぐいの悪さのことだろうね。僕はどんな悪さをはたらいたのだろうね。」

純真無垢な問いかけは
ときに
あまりに
むごすぎるから
わたしはせめて
やさしくはぐらかしてやるしかない

「おまえの駆けたかった野原だよ。」
「おまえの仰ぎたかった空だよ。」
そして
「ごらん。真昼の月を。真っ白だろ。あれは罰だ。夜をさまようものたちを迷わせた罰だ。心細い夜の闇を逆手に取って、月は好き放題に語るからね。だから、気にしなくていいんだよ、坊や。みんなみんな、月の戯言だ。」

だれも望まないつばさだったね
あれは
確かに
だれも望まないつばさだった

昇るとするならば、架空
昇るとするならば、
水面にみえる水底の底
ならば
結局だれをも救わない
それゆえの
だれも望まないつばさが
わたしの背から
消えない
一度だけ
一度だけのつもり、で
おまえの軽さを助けた日から
わたしの背から
つばさが消えない

助けた、と
思い上がっているうちは
決して消えることのないだろうつばさを
つばさのその性質を
わたしは理解しないわけではないから
なおさらに
消えない

あれは
赤い目をした
やんちゃな白うさぎだった
はげしい抵抗を示す、肉の裂け目と
無情な血
うつろに停まった目は
最後、どんな理由で小屋を振り返ったのだろう

赤い目をしたうさぎの耳に
もう
取り戻せない時間が響く
そのたびに
こころを持ってしまった命は憂い
いのちを持ってしまった心は慰め
複雑ではないはずの
花や星や風たちを複雑にしてしまった

もう
取り返すべきではないと
なにものにも平等なことばで
いえる日が来たならば
わたしは
しずかに
裂こうとおもう
この背にはえた赤いつばさを
渾身の力で裂こうとおもう












自由詩 つばさが消えない Copyright 千波 一也 2014-03-09 15:50:54
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