すべてと擦れ違う
ホロウ・シカエルボク


死を浮かべる白昼、路上の血液の跡、くびれた花が乾涸びてる、どこかの店の配電盤の下―有線放送が聞こえてくる、誰も演奏していないリズム、自動販売機ではひっきりなしに、誰かが殴られてるみたいな音を立てて製品が購買される、骨に響く強打の音さ、あれは…そうして喉が渇いている自分に気付く、小銭を数え、そんな現象の一部となる、飲み干した飲料は実によく出来ていた、日々開発されている果汁、内臓を塗り潰すように胃袋に降りてゆく―神様に祈りを捧げる声が聞こえる窓、隣接するコンビニエンスストアではそこで働く母親を呼び出して金をせびっている若い男…近くにはでっかい遊技場があったっけ、母親は周囲の目を気にしている、俺は目が合う前に見ないようにする、側溝を流れる汚水からは、大昔から営業しているクリーニング屋の糊の臭いがする、スマートフォンを器用に片手で操作しながら自転車を操る若い男と擦れ違う、先の角から乳母車を押して女が現れる、彼女はしばらく俺の前を歩く、カーゴパンツの尻が歩く度に揺れる、繁華街に近い停留所に停車したバスからは雪崩れるように年寄りが降りてくる、杖を突いた三本の足の生物たち…休日なのに制服の女学生たちのけたたましい話し声、そのすべてにユニゾンするハイブリット・カーの排気…犬を連れた白髪の老人が拡声器で何かを話している、変に金の掛かった大時計の前で―本屋の店先では小太りの男がしきりにニヤついて頷きながら週刊誌を立ち読みしている、そこに書かれてあることが彼には判っているのだろうか?「福島原発の現在」と見出しには書かれている、アーケードの路面からはまだ昨日の雨の臭いがする…新しく出来た若者向けのカジュアルショップの前はサーティワンアイスみたいなコーディネイトの女たちで溢れている、彼女らの話し声はビーズをたくさん入れたタッパーが鳴っているみたいにザラついている、ゲーム・センターでは誰かが太鼓を叩いている、ハイ・スコアらしく数人のギャラリーが出来ている、ほとんどが閉鎖された小さなビルの通路を通ってアーケードを抜け出す、小さな噴水のある小さな公園に出る―石のベンチに腰を下ろして少し休む、少し離れたところに座っている中年の男は型遅れの携帯電話に向かって借金についての話をしている、晴れていた空は少し雲が多くなる、歩き続けた疲れが消えるころ一人の痩せた男が現れてギターを弾きながら歌い始める、取るに足らない歌…音楽を売っている店を探す、小さな店を見つける、覗いてみてもめぼしいものは見つからなかった、そこにあるのはヒット・チャートでしかなかった、店を出ると夜に賑わう通りに出る、昼間のそのあたりはただただ疲労している、幾分黒ずんだ、くたびれた建物が続く―それが終わると汚れた小さな川のそばに出る、数十年前にはヘドロが流れ込んでいた川…やっているのかよく判らない喫茶店の前を通り、絶望的な毛並みの老いた野良犬と擦れ違い、「売」の文字すら掠れて見えなくなった小さな工場を過ぎる、ガソリン・スタンドの前では交通事故処理をしている、当事者らしい若者がしょぼくれた顔で立っている、でこぼこの路面にはまだ水溜りがちらほらと見える、首輪をつけた雑種の猫がうろついている、ケーキのような大きな乳母車を押す、お嬢様のようなドレスを着た白粉を塗った老婆と擦れ違う、どこかのOLが二人で、そんな老婆を指をさして笑っている、高校生ぐらいの自転車の男たちが並列で車道を走ってクラクションを鳴らされている―インスタント食品を買って家に帰る、胃に流し込むと体調を崩す、床に横になると天井の明かりで眼球がくたびれる、苦し紛れの短い夢の中でもう名前すら思い出せない記憶の中だけの人間に出会う、何か話をしたけれどそれはとうとう思い出せなかった。


自由詩 すべてと擦れ違う Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-03-02 18:24:09
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