よせて あげて はさまれて
末下りょう

電話はだいたい突然だけど休日をアクティブにだらだらしようと思っていたら突然モエモエからランチに呼び出されて駅前の定食屋で待ち合わせた。酢豚定食をたのみ、どうしたのと聞くとやっぱり好きな男のことで、やっぱりねとぼくは言った。ぼくはモエモエのことはいい友達だと思ってるし一緒に遊ぶと楽しいけど、近頃のモエモエの恋わずらいはちょっと重症で、あげたバレンタインチョコを彼がありがとって言って一個口にふくむ姿に溶けそうになったりしている。なんかバレンタインチョコなんか渡して彼女さん気にしない?って聞いたら、俺は誰のものでもないからと言って笑ったという。

俺は誰のものでもないから俺は誰のものでもないから俺は誰のものでもないからああ モエモエ!マイフレンドフォーエヴァーだが、男のそんな言葉になびいてはならぬよきっと。だからチャンスあるよねって、たとえモエモエが彼女の座を手に入れてもその男は結局モエモエのものにはならないということじゃんとさとしても、それでも彼女になりたいという。私が彼女になったら彼も変わるよと言い放つ。モエモエにはモエモエの理想郷があるのだ。風の谷のモエモエなのだ。

お願いがあるんだけどと言ってモエモエは唐揚げ定食の味噌汁を啜った。はいなんですか。あのさー、彼、美容師さんなんだけど、ちょっと彼んとこ切りに行ってよ。今日。もちろんお金は出すし、こんど吉牛おごるから。つゆだく。おねがい。

これはいわゆるスパイのオファー、またはアンダーカヴァー、しかもボサボサに伸び散らかした髪をタダで切れるチャンス、プラス吉牛つゆだく付き。モエモエよツボ突きまくりだ。さすが。少し悩むふりをして定食屋からすぐ予約を入れた。ネットで観た美容師御指名の客を装って。(あらゆる状態で第三者が間に入ってくることほど重大なことはありません。1人の新しい人物が、偶然に、あるいは選ばれて、入って来たため、その関係がすっかり変化したり、その境遇が全く逆になったりした友人や兄弟や愛人や夫婦を見たことがあります ーGoethe)

モエモエに渡された5千円を握りしめ、日の暮れた時間にお店に行き、受付で会員アンケートを書くとすぐに席に案内され、ネットで顔をチェック済みのその男が背後に付き、ぼくの髪を触りながら鏡ごしでご挨拶。うーん。やはりチャラいぞモエモエ。少女漫画のキャラクターかこいつは。ご指名ありがとうございますと言うので、プロフィールの音楽とかの趣味が合うなーと思って指名させてもらいましたと若干くるしい嘘を述べて髪型のイメージを伝えた。カットが始まりベラベラ話しかけてくるのかと思ったらめちゃくちゃカットに集中していて、たまにディテールの確認をしてくるだけ。あれ、なんかちがう。しょうがないので、かっこいいですね。モテるでしょと話を振ると、爽やかな笑顔でぜんぜんですよ、チョキチョキ。彼女はと聞くと、一応います、チョキチョキ。

一応います一応います。一応の彼女。一応一応。彼は黙々とカットを進めていく。足元がみるみる黒くなっていく。え、こんなに頭に黒いの乗ってたのって感じ。彼女とは結婚とか考えてるんですかとたずねると、僕なんかとしてくれませんよとまた微笑んでチョキチョキ。じゃー他に気になる子とか居たり?とたずねると、うーん、今の彼女の事、好きなんですよねすごく。やっと付き合えたんですよと言ってチョキチョキ。夢とか目標とかあるの?あー子供欲しいです。2人くらい。チョキチョキ。

俺は誰のものでもないから。この男はそう言ったと聞く。モテとは関係性において優位に立つこと、惚れた弱みというやつだ。しかしもしかしたらこのチョキチョキマンが言う、俺は誰のものでもないとは、自分は自分のものでもないという意味も含まれてる気がしてきた。いや、考えすぎか。いや、しかしこの男、意外とセンシティブな雰囲気があるぞ。モエモエは多分この感じにもやられてるな。しかも所謂イケメン。ジャニーズ風味。色素の薄い眼。服もなんか爽やかでオシャレさん。声もなかなか良い。うっかりハサミを落としても、拾う仕草やスピード感が悪くない。

カットが終わり、顔にタオルかけられて髪を洗われる。熱くないですか。はい、熱くないです。モエモエは彼と手も繋いだことがないと言っていたけど、こうやって頭皮で彼の手や指を感じているのだなこうやって。髪を流し終わると軽くマッサージしてもらい、新芽みたいな頭をワックスでセットしてもらうと、かなりいい感じだった。髪型だけ。

彼に見送られながらお店を後にして、モエモエに電話した。すぐにモエモエが出て、どうだった?!と聞いてきたので、優しい手の持ち主でいいやつだったよと言うと、そんなの知ってるよと言われた。そうだよねと言って、それからなにも言うことが見つからなかった。頭がすごくスースーするから、くしゃみが出る。


散文(批評随筆小説等) よせて あげて はさまれて Copyright 末下りょう 2014-02-26 00:12:22
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