揺れる動的
ハァモニィベル

  米メリーランド州フォートミードの米国家安全保障局(NSA)が、インターネット未接続のコンピューターでも遠隔監視できる秘密無線技術を開発し、実際に情報収集していた事が報じられた。
  見てはいけないとは分かっていても、誘惑に負け、見てしまうのが、彼の携帯。不安な彼女は、裸は見せながら、素顔は見せないくせに、ついつい、そこに置かれた携帯の誘惑に負けてしまうのだ。
  深刻な悩み、切羽詰った事情、知られたくないセンシティブな情報が、見られる者の方にあるとき、携帯の持ち主を越えて送信者の私事までを勝手に暴き見る土足の神経が、見る者の方にある。
  刑法133条には該当しないとはいえ、やたらと鼻の穴に指を突っ込む罪だって刑法には該当しない。
  そこにあるのは『戦争の祈り』。ポーと並ぶアメリカ文学の巨星マーク・トウェインの短いが深い小説。兵士である夫や息子、恋人がどうか無事に帰ってきますようにと祈ること、つまり戦争に勝つことを祈るのは、その裏で、敵の敗北、敵地の破壊、相手兵士とその家族の残酷な絶望を切に望むことに他ならない。そう叫ぶ神の使いは狂人として無視される。
  古代中国の諸子百家は、〈人間の本性〉とは善か悪かを議論した。性善説の孟子は、人は先天的に仁・義を具える善なものとするのに対して、荀子の性悪説は、人は本性悪であるから礼儀法律によって秩序維持を図るべしと考えた。
  京都大学のある研究グループが、赤ちゃんは8割が「性善」であると発表したけれど、成長するとやがて、なるべく税金は払いたくない「性悪」になるのさと主張を譲らないのが税法で、性悪説に立脚し租税回避の悪は許さぬと、実に細かく法の隙間を埋めまくっている。
  性善じゃなかった2割の赤ちゃんはどうなるのだろう。「きちんと付き合おうよ」と、思い切って言う彼女に、君は他の女と比べものにならないくらい大切なんだ、君とは絶対に別れたくない。だから付き合うのは止す、と抜け抜けと言う小悪魔男子になったりするんだろうか。
  金利はちょっとのくせに、セルフサービスのATMで手数料1回100円もとる銀行システムを考え出すマモニストになるのだろうか。
  生まれ持った性質などどちらでも、四十歳を過ぎると良い人は顔に出るらしい。四十歳を過ぎると悪い人は確かに悪顔をしている、そんな面相本性論を支持したい。
  生まれた時より、死ぬときに、自分の本性の足跡が見えるだろう。たとえ、今朝の満員電車で、足を踏まれたハイヒールの主に、踏みましたよね、と目で問えば、エエ、踏みました、踏みましたけど、と目で返される日々を乗り継いだ果てでも。
  夜、コンビニやハンバーガーショップに入れば、店員がそこかしこで寝そべったり、冷蔵庫でふざけたりするその姿と、無邪気な表情を自分でネットに公開しては、思わぬ波紋を広げていたりする。レジにいた弁護士の客が企業のリスクマネジメントやコンプライアンスを強化すべきだと、注意したら、みんな一斉に社内研修に行ってしまった。
  最初の講師に招かれた孫子が言う。負ける集団には規律の崩壊、モラルの低下がつきものだ。そういうのは天による災いではなく、将軍の落ち度であり即ち、人災であると。
  続いて二人目の講師、韓非子が言った。性善説のように王の人徳で国を治めるやりかたでは、不祥事は防げない。賞罰を明確に規定し、事細かな行動規制マニュアルを作るべきだと。
  会場は盛り上がり、「採用した秦帝国はわずか15年で崩壊してますが、どう考えますか」と、役員からの熱い質問の後で、「過剰にロックオンされるのって面倒臭いから当たり障りなく仕事していきたい。実のところ、自分の好きな男子以外にはほっといて欲しいってのが女子の本音だと思う」というOLの意見に拍手が湧く。
  ある日、ライオンが鼠を捕えたが、ふと恩情が湧いて逃がしてやったところ、今度は自分が罠にかかり絶体絶命のところを鼠に助けられたというのが、イソップ童話〈ライオンと鼠〉。この話の解釈が日本人とイタリア人では違うのだという。
  日本人は、人を助ければ、巡り巡って自分も助けられるという教訓を読む。ところが、イタリア人は、あなどっていた奴が意外な力を発揮するから気をつけろ、と読むそうだ。同じ話を発信しても、受信する方はまちまちだ。情報の発信には思わぬ波紋がつきまとう。
  5年も前に別れた元カレが結婚したのをFacebookで知り、彼の奥さんのページをチェックするのが日課になって、アップされた写真を通して、結婚式の様子から子どもの成長までを逐一知ってる腕利きスパイな元カノの存在などきっと想像すらつかない。
  世界で最も普及している除草剤グリホサート系の農薬が、突然変異の雑草「スーパーウィード」をもはや駆除できず、遺伝子組換え農場で繁茂している。除草剤の過剰使用が原因だと、多くの科学者が指摘しているが、もうクスリをやめられない、アヘン戦争のような状況。
  さらに悲報もエスカレート。害虫もまた耐性を持ち始めているという研究が英国の科学誌に報告された。栽培者が専門家の指示に従っていない地域の話だという。ポイントは「避難所」の有無らしい。
  耐性遺伝子は劣性であるから、両親の両方から引き継いだ場合のみ、作物への耐性を持つことができる。つまり耐性害虫同士が交配するほど、耐性害虫が繁殖する。父か母のどちらかが通常害虫でありさえすれば、耐性害虫は減ってゆく。なので、通常害虫が多くいる「避難所」の設置が必要なのだ。
  片方が善人だと片方が悪人というカップルが多いような気がするのはこれも進化生物学のリクツなのか?
  片方は放任タイプで、片方が束縛タイプなんかだったりすると大変だ。放任されたいのに、鍵のかかった部屋の中で手錠にロープで窮屈になり、束縛されたいのに光も音もない夜の海のまっただ中に置き去りで異様な不安に怯えねばならない。お互いうまくいかないのに、好きだから苦しむ。避難所で不倫してないか、と携帯が気になってくる。
  ある男と出会って、幸せな家庭が築けるか、不幸にも破綻するかは、結果でしかわからない。すべての女性が、事前に知り得ないこの、母子家庭になる潜在リスクを抱えている。不安であるに違いない。
  米エモリー大学の研究チームは、男性の睾丸が小さい程、おむつの取り替えなど育児参加に熱心であると発表した。この論文の主著者である同大人類学部准教授ご自信の大きさは不明だが、裏を返せば、睾丸が大きい男ほど浮気だということを意味する。
  狂人の言と無視されてもいい。世の女性たちに愛を込めて言おう。携帯電話を覗き見る必要なんかないのだ。携帯を覗くその前に、彼の真ん中で揺れている動く標的をスコープで覗いておきさえすればいい。



自由詩 揺れる動的 Copyright ハァモニィベル 2014-02-25 04:07:58
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