孤独な王子とヒトクイバナ
愛心
あの夜のことはあんまり覚えていない。
ぐらんと城が揺れて、母上様が庭に伏したと思ったら急に明るくなって花畑は火の海になった。
じいやが早口で何かを捲し立てて、僕は非常時の為の地下シェルターに放られた。足下で鼠が鳴いてた。
直に、人の声がどんどん頭の上に集まってきて、出ようと扉を押しても微かにも動かなくて仕方なくその場に座り込んだ。扉の真上からは花火の音がしてた。ぴゅうん、ばあん。ぴゅうん、ばあん。
眠って、お腹が空いたらカサカサのパンを食べて、また眠った。扉の隙間から水が滴ってて、それを飲んだ。
どれくらい経ったか分からない。
カサカサのパンがなくなって、お腹が空いて、扉を押したら、重い音を立てて開いたんだ。
久しぶりの日の光が、闇に馴れた目に突き刺さるように痛んだ。
父上様も母上様も、じいやもいなくて、代わりに色鮮やかな大きなお花さんが咲き誇っていて、その甘くて優しい匂いに噎せ返った。
母上様に抱っこされたときのような匂いだった。
お花さんはまるで動物みたいに、動いてその花弁を僕の顔に擦り付けてくれた。暖かくて、柔らかくて、お日様の匂いがした。嬉しくてへらりと笑ったら、お花さんは蔓を伸ばして、大きな葉っぱで僕を抱き締めてくれた。
幸せ、幸せ。僕は幸せ。
僕がお花さんに甘えてると、他のお花さんかずるずると何かを持ってきてくれた。僕よりもおっきな、とってもおっきなケーキだった。
僕は嬉しくてかじりついた。柔らかくて、甘くて、ふわふわしてた。僕はケーキの端だけでお腹いっぱいになってしまった。お花さんはケーキを元の場所に戻すと、代わりにキレイな色をしたキャンディーを舐めてた。お花さんたちは僕の周りに座ってペロペロ、がりがりと食べ終えると、僕の顔を見て、にっこりと笑ってくれた。
僕はお花さんの傍で眠り、ケーキをかじり、また眠った。
お花さん。お花さん大好き。
あの扉から出てから僕はもう後ろは向かないよ。
何も考えたりしないよ。この幸せに身を任せるんだ。
ケーキは何故か無くならないけど。
喉は全く渇かないけど。
キャンディーは僕の知ってる形に似てるけど。
そんなのもう、どうでも良いんだ。
だって、こんなにも居心地が良いんだもん。
お花さん、大好き。
僕は誰で、ここはどこだっけ。