肉屋
春日線香

かつて肉屋の男を愛したことがあった
男は肉屋だけあって包丁を使うのがとても上手で
朝から晩まで肉を切り続けているのだからそれは当然で
肉を包む新聞紙からじくじくと漏れている
冷たくべとついた血が
愛しい気分を起こさせたものだった
毎週金曜日になると決まって町外れで賭け事をする肉屋に
朝から晩まで活造りに切られるのを夢見た末に
黒い塊になった思いをおさえかねて
何度肉屋を憎んだことだろう 何度肉屋を
ばらばらの福笑いにしてやろうと考えたものだろう
おまえは肉屋の透き通った包丁が死ぬほどうらやましかった
おまえは殺してやりたい気持ちを抱えている
おまえは殺してやりたい気持ちを抱えている
おまえは殺してやりたい気持ちを
必死で押しとどめているだけの小人のあくび
田んぼの泥に沈む雛人形の背中に描かれた地図
廃屋の急須の底で腐っていくお茶っ葉に埋もれた蛆の見た夢
歌えない詩の言葉
折れた箸
石ころ
死にそびれた死


自由詩 肉屋 Copyright 春日線香 2014-02-21 23:09:18
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