冬のオランウータン
末下りょう

動物園の檻には、象もキリンも、ライオンも虎も
白熊もラクダも、なにもいない


寒空に
いくつもの檻が
錆びて、ころがっている


手すりや
売店の屋根
貸しボートの先
ごみ箱の縁に
カラスたちが
とまり、
嘴と羽を動かして 、
たまに鳴き
どっかに
飛んでいく


小高い場所にある
ベンチに座り、
フリスクを口に
放りこみ
鼻をすする、
あくびをして
靴紐を結びなおすと
なにかの
鳴き声がした

スロープを降りて
少しいったすみの、檻に
1頭の冬のオランウータンが
タイヤに
ぶら下がっていた


その咆哮は
森の谺

ながい腕を、スロウに
交互に
霧の中

濡れた橙褐色の体毛を光らせ
密生する
樹々を
渡り 、

マレー語で
(森の人)
と、呼ばれ
酒を好み
人語を解す

ある親孝行な酒売りを森の奥深くで助け
富、地位、名誉を得させた
種族


森の
檻の中の 、
都市では
どんな風に
自分に似たイメージと成るのか

類人猿と
類人猿 、

時間を持った猿
時間を喪った猿


何度かこの森を歩いた気がする


人間とは別の季節のなかで
暗号にも似た独語を
樹のうえの巣に
うずくまり
繰り返す
森の人

鳥と水辺と
雲と星


急ぎすぎたぼくは
何処にも
たどり着けないまま 、
果実の皮を剥ぐ
喪われた者たちの
声帯の
縄張りから 、
翌朝には
追放されてしまったのだろう


口のなかの
フリスクだけが
わずかに
時間の匂いを、発していた


自由詩 冬のオランウータン Copyright 末下りょう 2014-02-20 03:08:25
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