残された傷の意味
ハァモニィベル
古い曲が流れている。
詩人がそれを聞いていた。
何の疑問もなくカラオケを唄える人は羨ましい
そう思いながら、
友人に連れられて入った、古びたカラオケ♪スナックで、
水割りを片手に、詩人は、客の一人が唄うテレサ・テンを聞いた。
『つぐない』だった。
♪ 〜愛をつぐなえば、別離になるから〜
<壁の傷も残したまま置いてゆくわ>
詩人の耳がそこで止まる。「壁の傷」?・・・
それは 何の傷だろう?
何によってついた傷だと思う、と友人に尋く
痴話げんかの時についたキズだろう、物を投げつけた時についたとかの
そうかな、・・・
詩人は納得できなかった。
敢えて残していった傷が、そんなものだろうか、・・・と。
嫌いで出てゆくのではない、
去ってゆくけど、でも愛している
そう伝える為の この〈傷〉が・・・・。
* * *
酒が何度が注ぎ変わると、曲も野口五郎に変わった。
マニアックな曲だった。
タイトルは『舞』
♪ 〜そんな気がして、ドアを開けたら、残り香だけがぼくを待ってた〜
<壁で揺れてた似顔絵も無い>
詩人の耳がそこで止まった。
壁に似顔絵を止めていた、
そのピンの〈痕〉、・・・!
その傷を見るたびに、自分が描いた対象を
描いた時の気持ちを、思い出す
それをどこかで、女はずっと持っている
そうなんだね、と心もわかる
ある詩人が込めた密かな回答は
もう一人の詩人の耳に いま 確かに届いた。
古い曲が流れている。
詩人がそれを聞いていた。