HAYABUSA
ハァモニィベル

 
 晩冬の、めずらしく快晴となった空に、恐ろしく強い風が吹いている。
 右には、頂の近い小さな山々が、ずっと横に連なって長く、左を見れば、向こう岸の近い細い川がどこまでも流れる。右手に見えている山の下裾と、左手に見える川の土手裾に、それぞれ、農家ではないありふれたごく普通の住宅が、木々や空き地、むき出しの線路やバス停、野草と花たちを立ち跨ぐ看板などと混じって、密度ほどよく、どこまでも、どこまでも現れてはまた消え、そしてまた現れては消える。その連続が向かい合う丁度その真中を貫いて、こんな田舎の街外れには、とても相応わない、贅沢な、かなり新しい、作られたばかりの、車幅四台分2車線の舗装道路が、まっすぐに一本通っている。
 この快適な道路には、他にまったく車はなく、私の運転する一台の軽自動車だけが、いま悠然と走っている。好きな速度で、滑るように走りながら、何気なく、ふっと、左手の大きな家のブロック塀から、蜜柑の木が、 “安心しろ、やがて何も変わらない” と告げるように、樹ち繁る濃緑の葉影に沢山の黄色い玉を点灯させているのが見えた。それを過ぎてすぐの辺りで、道はゆるやかに大きく右に膨らんでカーブし、ハンドルを戻し切らぬうちに、今度は、さしかかった陸橋を登りはじめる。道が、跳ね上げるように高々と地面を上へカーブさせると、いきなり、広がった空の右手で、風と直角に翼を広げ、静止飛行する隼が一匹、私と、軽自動車の窓ごしに同じ高さで並ぶ。
 さして大きくはない猛禽の勇者は、風が強すぎるせいだろう、まるで初心者が自転車を練習するときのあの真似できない頼りない揺れ方で、どうにか風に乗るのがやっとだという体で、とても今、話しかける余裕はなさそうだ。だが、力一杯ひろげた小さな翼は、風の強さに、めげることもなく、揺れる我が身に、恥じることもなく、いま、全力で、胸を張り、全霊で、風に向い、カラダひとつで、強風に煽られ、寒そうに揺れながら、だが、当然のように宿命を飛んでいる、彼の、姿。
 ガラス越しのわたしは「寒くないのか、鳥は・・」 と、ふいに心配が沸く。
  「誕生日には革ジャンをプレゼントしよう、サプライズで・・」
 すぐに、
  道路は大きく下り始める。
  見通しの利かない道が加速する。
  小さな隼を背に、
  一台の白い軽自動車が、悠々と宿命を走り続ける。
  ぐんぐんと、
  滑るように落ちながらも
  目的地を夢見て
  対向車線をハミ出した大型トラックの酔ったクラクションを聞きながらも
  誰かを乗せた救急車のサイレンに道を譲って
  脇でICが搭載されたボールで遊んでいる子どもたちを微笑みながら
  無理矢理連れだされ散歩させられている老犬を憐れみながら
  冷たい光と強い風の中を
  一台の白い軽自動車が、悠々と、当然のように宿命を走り続ける。
  小さな隼を背に。


自由詩  HAYABUSA Copyright ハァモニィベル 2014-02-14 00:35:44
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