求めています
岡部淳太郎

道は渋滞で
バスの中は混み合っていて
みんな一日の疲労でうつらうつらしていて
外はもう真っ暗で
バスはなかなか進まなかった

ドアの側に坐って
ぼんやりと前を見ていた
ふと目に留まったものがあった
紐を通して手すりに結んである広告
そこにはこう書いてあった

求めています

何を求めているのか
車内は暗く目の悪い僕には
他の小さな文字は読めなかった
ただそのひとことだけが
斜めに垂れ下がる広告の中で浮き上がっていた

求めています

道は渋滞で
バスの中は混み合っていて
みんな老いも若きも男も女も
薄暗い車内でうつらうつら
一日の疲労の余韻に浸っていた

バスはなかなか進まなくて
みんな暗くあきらめたようにぼんやりしていて
みんな呼吸を忘れたように静まり返っていて
僕も同じように静まり返っていて
ただ広告の大きな文字だけが気になっていた

求めています

誰もが何かしらを求めている
それを意識しながら
それと意識することなしに
意識せずに求めることのほうが恐いのだが
僕は自分が求めているものを忘れてしまったのだが

求めています

誰もが何かを求めているのだが
みんな暗くあきらめたようにぼんやりしていて
みんな呼吸を忘れたように静まり返っていて
僕も同じように静まり返っていて
バスはなかなか進まなかった

やがてひと時 暗いひとつの息の時
バスは渋滞から開放されて動き出した
バスはみんなの求めているほうへ
それぞれの家路のほうへと
ゆっくりと走り出した



(二〇〇五年一月十二日帰宅途中のバス車中にて)


自由詩 求めています Copyright 岡部淳太郎 2005-01-16 18:33:26
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