新説浦島太郎
keigo
白樺並木をぬけ
丘を登りきったところにある古びた洋館
いつも裏手にある通学路を通っていたものだから
僕はただ
丘のてっぺんにかろうじて見えるその館の
二階窓を仰ぎながら
色々と想像を巡らしていた
例えばそれは
家に閉じ込められたお姫さまだったり
広い敷地内の一室で起る密室トリックだったり
あるいは毎日まずそうにフルコースを咀嚼する
会話の少ないハイソな家族であったり
とにかく
その蔦のからむ石造りの館は
厳かとか
格式高いとかを通り越し
不気味な空気を醸し出していた
今
僕は勇気を出して
その館の前に立っている
折しも
早春の息吹に包まれ
頭上を行く鳥たちの鳴き声は鋭く
生暖かいそよ風の運ぶ鬱蒼とした緑の匂いには
めまいを覚えるほどで
まるで全身が感覚器になったようだ
ゆっくりとドアを開けた僕は
思わず息を呑んだ
光の量に圧倒される
外観からは想像できないほどの
館内のあかるさは
正面にあるきらびやかな
シャンデリアが演出したものだろう
両サイドにある螺旋階段は
中央の踊り場で交わり
その上には中世の貴族の肖像画が並んでいる
立ち尽くす僕の前に
二階の踊り場から足早に少女が駆けつけた
ーようこそ、世界の狭間へ
ーここには時という概念はございません
さては竜宮城かなにかであろうか
ーもうあなたは後戻りできないのです。
耳なりと共に
急に寒気を感じ
めがさめた僕は
洗面所へと走り
鏡を見て途方にくれる
目の前にあるのは白髪混じりの
中年男
そしてようやく気づくのだ
ここにいる自分こそが現実であり
少年頃の夢を見ていたに過ぎないことに