病床のドッペルゲンガー
yamadahifumi
遺伝子の選別と
教育の徹底によって
『天才』は造られるらしい
社会保障がしっかりとしていて
大卒でホワイト企業に入れば
人生安泰なそうな
そして、その上
30までに結婚し、そして四十までにはマイホーム
老後は退職金を上手く運用して
軽井沢に別荘の一つでも買おうか
そして、死の間際には
良識の化身である息子夫婦や娘達や孫達が
駆けつけてくれて 私の名前を
切なそうに呼んでくれる
・・・全く、結構な人生だった
素晴らしい人生だった
私は愛されもしたし愛しもした
社会の秩序を一生涯きっちりと守って
そうして何も派手な馬鹿らしい事はやらかさなかった
・・・私の人生は素晴らしかった
私はずっと幸福だった
・・・なのに、何故だろうか?
こうして病室の個室に一人ぽつんといると
何か言い知れぬ寂しさを覚えるのは
私の生涯はこれまでずっと幸福だったのに
私はふいに自殺したくなるくらい、今、寂しい
その時、私が老齢の極みで
ふいに思った事は絶対に他人には洩らせない事だ
それは一抹の死の前の寂しさ、そして
私の人生そのものが亡骸のような、夢の様な
一つの幻想ではなかったのか、というその不安
そして今、死の前にいる私に残されているのは
私の小指が小さく痙攣してそれが何故か
大層かわいらしく思えるというその事だけだ
私は今、思う
私とは一体何だったのだろう?
私はこんなにも幸福だったのに
私は今とても不幸な気持ちでいる
私とは何だったのだろうか?
私は・・・結局はもう一人の本当の私から見れば(そんなものがいるとすれば)
偽物の私だったのではないのか
私の人生は私が望みもしない事をし
やりたくもない事をやるためにあったのではないか?
私は無機質な病院の中にいて
そんな事をつらつらと考えていた
そして、その時、私に死の足音が訪れると共に
もう一人の本物の私が病室の戸を開けて
『私』に向かってくるのが私にも見えた
その時、私は自分がもうすぐ死ぬ事を確信し
そしてもう一人の私が私に代わって
私の死を・・・その生涯の終末を
全うしてくれるという事を悟った
私の人生は儚く消えた一輪の花
だがその花は造花に過ぎなかった
匂いもせず、どこか嘘くさい造花
・・・結局、それが『私』に過ぎなかったのだ
そして今、もう一人の私が私の耳元で
次のようにそっと囁くのだ
「君はもうおしまいだ
これからは『私』の時代なんだよ
君に意味はなかった
君は存在していなかった
君は皆にとって正しいと思われた事を
誤って掴まされた歪んだ存在だ
だから君の人生はかくも幸福で
そして、こんなにも空虚なのだ
・・・もう一度言おう
君の人生に意味はなかった
・・・ただのひとかけらもね
だから、これからは私の番だ
さよなら、『以前の私』
安らかに眠れ」
そう言うと、もう一人の私は
そっと私に冷たい手を差し伸べてきた
そして、その手は私の首を掴み
そして私の首は次第に絞め上げられていき
・・・やがて私は意識を失った
※
全てが終わった時、
私は闇の中で目を覚ましていた
私は発狂しそうになるのをこらえながら
枕のそばのナースコールを何度も押し続けた
・・・そして、看護婦が私の元にやって来ると
私はやっと安堵する事ができた
・・・だが、今、私は
今さっき見た悪夢を忘れられそうにない
・・・それに夢の中のもう一人の私はきっと
まだ私の夢の中で、次のように
私に問いかけているように思われるのだ
「悪夢だったのは君の人生の方ではなかったのか」・・・と