心の目が開くと
いねむり猫

心の目が開くと
世界を流れる時間が 減速する

親しんでいた散歩道の背景から 
隠れていたものたちが 押し寄せてくる
 
バス停を囲む 豊かな街路樹の葉たちが 
輝く葉脈の意味を 語り始め

好き勝手に太陽へ背伸びした木々が
数十年分のうめきを 開放して

その時
私は乾燥しきった枯葉のように 粉々に飛び散る


心の目が開く


世界の中心が ばらばらに拡散して
それぞれの主人公の元に 送り届けられる

私は 自分の居場所だと思い込んでいた 
この場所から 退場する

残るのは 心地よい 身軽さ

それぞれの主人たちが 
思い思いに身震いして 柔らかく輝き 
もともと そうであったように 呼吸を始める

私は ただ 
その美しく 危ういバランスに見惚れる

顕微鏡で覗いた カンラン石のように
ひしめきあう輝きで構成された 巨大な蛇のような時間が

ゆっくりとうねって 世界をこする

万華鏡の回転で生じる 色とりどりの眩暈が、
荘厳な 深海の 発光器を灯す魚の群れが 
ある朝 一斉に道路を覆う 金木犀の花弁が
溶鉱炉から滴る銑鉄のような夕日が

こすられた世界から 過剰な美しさとして こぼれ 
また 大切な糧として 吸収されていく 

 
喫茶店の床に落ちている赤い包み紙は
それを落とした子供の泣き声を真似て 咲き

錆び付いて回らないはずの 裏木戸の取っ手が 
風に誘われて 微かなハーモニーを 歌う

深夜のハイウェーを照らす街路灯とヘッドライトは
夜光虫のように半島を 彩る

世界は 美しく 侵食しあい 
また はなればなれになる

私という意識も 巨大なビルの影に後退して
闇に食われ 
また 部屋の貧弱な灯りの中に
吐き戻される

心の目が開き

私が退場した その場所は

「私」が無様に押しのけ 
「私」という錯覚が 隠していたもの
時の狭間から湧き出す 
みずみずしい 星の細胞たちが 
埋めてくれる

そうなのだ

世界は そこに 確かにあったのだ


自由詩 心の目が開くと Copyright いねむり猫 2014-01-25 12:02:12
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