あなたは人間です。
hahen

飴色に焼き払われた
人々の肌
ぼくはいつでも
散布された老廃物を
呼吸して生きている
あなたも、そうだろうか
弾んだ呼吸で削れていく
女の子は可愛らしく
皆に手を振るけど
その間も瑞々しさの全てを、
全てを、奪われていく
乾いた速い季節風の
循環に乗り、あなたも、
きっと焼かれていく人たちを
胸に刻んで
生きていたことと思う

最初に言っておきたい、ぼくにとっては
たった一人の人間だけがいた
それがあなただった
両親も教師も友人も
誰もかれもが、
人間ではない中で

触れていたいと思う相手が
男の子か、女の子か、
考える前にするべきことが
あるんじゃないのかな
あなたはこちらから
近づいていくと鼻で笑って遠ざかり
それに哀しんでいると
気付いてほしくもないのに
声をかけてくれる
ぼくはあなたに触れていたい
まさしく猫のような
きまぐれでどうしようもない、
あなたにだけ

あなたは人殺しだった
ぼくは今でもそれを思う
動機も手順も
知りたくなくてただ
ぼくとは違う処に移った後の
あなたが、物語の
登場人物になってしまったこと
絵本の中にいて
触れられなくなってしまったこと
それに気付いたあの時ほど
ぼくは、
ぼくをどうにか人間でないものに
変えてしまわなきゃいけないと
思ったことはないよ

あなたは人間だった
ぼくも多分人間だった
もしかしたらぼくは違ったかも

人間っていうのはね、って
ぼくはあなたが言うのを聞いている
あなたは人間を上手く言い表す
ぼくはそれをきちんと聴き取る
でも、なんでだろう、
ぼくたちは人間だったのに
絵本を読んでいるみたいに互いが
遠かったりもする

人殺し
あなたは人殺し
両親とたった一人の妹を
殺害した犯罪者
包丁で母親の正中線上を
何度も刺突した
泥酔した父親をベランダに誘って
首を太いロープで括ってから
そのまま蹴落とした
眠り込んでいる妹の部屋に忍び込んで
完全に密閉した後
練炭を焚いて扉を閉めた
あなたの全身には
耐え難い臭いの
血糊と脂肪と毛髪と皮膚が
こびりついていたのだろう
そして、今も

ひどい土砂降りの雨に打たれながら
生温かい風によろめいて
倒れる前にあなたが、
ぼくにしがみついてきた
午前三時二十三分、ぼくは
もうずっと前、その瞬間には
わけが判らなかったんだけど
今はわかる
あなたは、
もう一度わたし、わたしに生まれなおしたい
って言ったんだ
今ならわかる、
あなたこそが人間だったんだって
そして、ごめん
ぼくはもう、怒ることも
哀しむことも、喜ぶことも、涙も
笑顔も、そして心からの言葉さえ
何一つ見せてあげることは

たった一度だけ触れ合ってから
ぼくたちは世界を半分こにした
切り離されてしまった世界を
再び繋ぎ合わせる術を知らずに

ぼくはあなたの語ったような
人間にはなれなかったけれど
ぼくの世界ではぼくこそが
そしてやはりあなたのいない世界では
ぼくだけが人間だった
と、そう思うよ

星が一つずつ失われていく
著名な星座がいくつも欠損した
宇宙で、絶大な炎が
その熱が、光が、不可視の射線が
ぼくたちに降雨と晴天を与える、
燃え尽きようとしている
星を落として街を造り出す
ぼくにはもう誰かに絵本を
勧めることができない
あなたが去年死んでから
世界は半分の規模のまま
元通りになることもなく
少しずつ狭まってきている
もうすぐぼくは押し潰されてしまうだろう
あなたが死んだ日に、
ぼくは仕事の関係で出張に出た
出張先の街角にはあなたの名字が
黒一色の文字で宣伝されている
今思うと、あれが
あなたの通夜だったかもしれない
上空から星が零れるようになったのは
その夜からだった
多分世界が、宇宙規模で
破綻してしまう前兆なんだろうと
思っている

ねえ、今度こそ
ずっと使うことのなかった
文体で、話をしようよ
人間はやっぱりぼくたちだけだったみたい
今更かもしれないけれど、
ずっと不思議だったんだけど、そうみたい
あなたは幾分色合いが
控えめになって、四角形に区切られて
手のひらをぼくに向けて
静止し続けている
これらは昨日までの出来事だったんだ

もう、仕事は最後の書類整理を
昨夜終わらせたから
あとは新幹線に乗るだけさ
ねえ、でも
この切符は、ぼくの望む場所には
連れて行ってくれないみたいなんだ
もしよかったら
ぼくはこれからあなたの
最後の一呼吸を見届けてあげたいんだけど
炎に焼き尽くされて、飴色に、
あなたが声も出せないまま
ぼくに、何か言いたいことがあるんじゃないかな
いや何も無くたっていいさ
心が動き出す。
ぼくの中で、世界の崩落よりも大事な
ルーチンワークとしての循環へ向けて
遥か上空から取り出すための
力強い希求を、燃やして、
あなたは今再び
ぼくの前で人間になれる。
いつまでも絶えない炎の中で
あなたは喘ぐようにそして
解放のひと時を謳うように
皮脂と血液と
砂塵に、さらには雑菌と
腐った飴色にまみれた世界を呼吸する。もう一度。


自由詩 あなたは人間です。 Copyright hahen 2014-01-25 02:13:13
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