伝説を撃つランチャー
ゴースト(無月野青馬)

「僕」の住む町
鍵降町には伝説がある
それは
空から延びてくる
絹の帯を滑って降りてくる鍵の雨の伝説だ


雨のように降ってくる鍵の1つ1つが
一人一人の、少年少女の、幼年期に入り込み
大人になってから
乗っ取ってしまうと云う


鍵は
芸術的思考を与えると云う
鍵に目覚めると
絵画を描き、楽曲を生み出し、小説を書き上げるようになるのだと云う


幼年期に入り込んだ鍵は
〈作品〉さえあれば
〈作品〉さえ世の中に提出出来たなら
孤立しない
そう思わせるのかもしれない


鍵降町には
鍵降りの日には
千の鍵が降ると云われている
そして
翌日には
誰にも入り込めなかった鍵が
そこかしこに野晒しになっていることに
否応なしに気付くのだと云われてもいる


鍵降りの日の翌日には
あらゆる小中学校に
公園に
駐輪場という駐輪場に
文学館に
児童館に
(少年少女が立ち寄り易い所に)
鍵が大量に野晒しになっているのだと伝えられている


一方で
アントレプレナーにもなれないで
ノマドワーカーにもなれないで
社会人の離合集散を眺めながら
自分を何処にもフィットさせられずにいるような人が居るのなら
そのような、身体的成長を終了した、かつての少年少女達の
精神的成長期が到来する日は近いのかもしれない
鍵降町で生まれ育ち
幼年期に鍵に入り込まれた少年少女達には
来るべき季節があるのだと伝説は伝えている
最後の季節がくるのだと伝えている
それには自然に気付くようになっているのだとも、きちんと伝えられているのだ


その季節の為に
空から鍵は降るらしいのだ


最後の季節の到来の日
彼等の中に寝ていた心根が
鍵の形をした聖剣が
目覚める瞬間が訪れる
発動は
予めプログラミングされていると云う


身体的成長期に入り込んだ鍵は
実社会に出た後
断崖絶壁に追い詰められた時などに
目覚めのスイッチが入るようになっているのだと云う


鍵に目覚めた彼等は
〈作品〉を仕立て始め
〈作品〉を完成させては誇るようになっていくのだと云う
絵画なら飾って
楽曲なら歌って
小説なら朗読して
誇るようになっていくのだと云う


彼等は
孤立しないようになっていくのだとも伝えられている
どんな状況下でも
鍵に目覚めた彼等は
〈作品〉を生み出し続けるのだと伝えられている
沈没船に乗って居ても
溶岩に潰されそうな家の中に居ても
〈作品〉を生み出し続けるような
そんな明確なる一団を形成するらしい


暗黒よりも暗黒なモノ
悪弊よりも悪弊なモノ
稀少よりも稀少なモノが
鍵降町に
昨日も今日も明日も明後日も
5000年前にも2000年前にも2年後にも20年後にも
空から
絹の帯を延ばしている


夢か幻か
空に光る月や星
人には
月や星にしか託せない何かがある
月と星々が
校舎を、公園を、駐輪場を照らす
文学館を、児童館を照らす
鍵は野晒しになっている


「僕」は
自分で作り上げた
自分だけの、この神話を持っているから
絶対に鍵を受け入れないつもりだった
他の子達が餌食にならないように
「僕」は
町中を廻って鍵を1つ1つ拾った
そうして集めた鍵で
「僕」の子供部屋は足の踏み場もなかった
誰にも入り込めない鍵は
夜な夜な奇声を上げて
「僕」の両親を悩ませた


やがて
当然の帰結として
鍵は「僕」の半身に寄生した
そして
当然の帰結として
鍵は「僕」の脳内に寄宿した
物事の当然の帰結として
そうなったけれど
夢か幻か
空に光る月や星を見ると
「僕」にもまだ
月や星にしか託せない何かがあることが分かってきた


社会人の離合集散を眺めながら
「僕」にはまだ
乗っ取られていない半身が残っていることに気付いた
人の離合集散を眺めて、初めて
半身が乗っ取られていないことの重大性に気付けた
そして
そう気付けた時から
空から延びてくる
絹の帯を滑って降りてくる鍵の雨の伝説、鍵降りの日を
抹殺しなくてはならないんだと気付けた


自我の崩壊の危機の時
身体的成長期を終えた
鍵に入り込まれた
かつての少年少女達に
最後の精神的成長期が訪れる
その成長の意味を
目覚めの意味を
鍵の意味を
伝説の意味を
鍵降町の意味を
「僕」を生み出した
「僕」の生み出した、この伝説を生み出した
暗黒よりも暗黒なモノ
悪弊よりも悪弊なモノ
稀少よりも稀少なモノ
空から
絹の帯を延ばしているモノを
「僕」は
抹殺しなくてはならない
抹殺しなくてはならないんだ


だから
鍵降町にある
校舎に公園に駐輪場に文学館に児童館に
大量に野晒しになっている鍵と
空から鍵の雨を降らす絹の帯を
白いペイント弾で塗り替える
夢も幻も伝説も
白いペイント弾で塗り替えてしまうんだ


アントレプレナーにもなれないで
ノマドワーカーにもなれないで
自分を何処にもフィットさせられずにいるような
かつての少年少女達の
「僕」の
多分、これが
最後の精神的成長期なんだと「僕」は思う
その当然の帰結なんだと「僕」は思う
その為の
ランチャーなんだと「僕」は思う






自由詩 伝説を撃つランチャー Copyright ゴースト(無月野青馬) 2014-01-12 05:24:28
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