推理小説
ただのみきや
主人公であるなら
殺されてはいけない
最初に殺される被害者は主人公ではないからだ
犯人か探偵であるべきだ
だが誰かが殺されなければ
犯人は犯人たりえず
探偵も登場しないだろう
つまり殺される者と殺す者がいて初めて
物語は始まるということだ
殺す者と殺される者
そして事件を解き明かす探偵
三人いなければならない
物語の真の主人公は三位一体なのだ
私は私の人生の主人公である
エキストラではない
私は私の人生の作家ではない
私が作家なら思い通りの人生を創作できるはずだが
何一つ思い通りに展開しない人生の真中で
事件に巻き込まれ奮闘しているのが現実だ
当然私は私の人生の単なる読者でもない
手を汚さなければならない「真っ只中」に在るのだ
完全に死んで(殺されて)いなければならない
そこが曖昧だとすべてが曖昧のままだ
被害者意識だけを持って生きることはできない
それは人生の主人公の坐に座らないことだ
事件に主導権を与えてはいけない
殺したのは犯人だ
そして犯人はこの私だ
私が私を殺したのだ
事故死にしてはいけない
誰かに犯人の役を譲ってはいけない
私が私の人生の主役であるために
そして探偵が登場する
彼は被害者の詩 否 死を直視し観察しなければならない
彼は事件を客観的に調査し推理しなければいけない
彼は事件の謎を解き犯罪を立証しなければならない
言うまでもないことだが
私がその探偵なのだ
私は私を殺した事件の謎を解いて
犯人である私を追いつめる
こうして私は人生の主人公として生きて行く
血なまぐさい譬えだろうか
小説には人それぞれ好みがあるものだ
だが本当は小説の話でも人生論でもない
たまたま頭の上を奇妙な鳥が飛ぶように
去来してここ数日を支配した死 否 詩のようなものだ
《推理小説:2014年1月11日》