年の末が迫る満月の夜の事。湖に一人、世を恨み、目の前に映る
美しき月を妬む病弱な青年がいた。細い身体に合わせたかのよう
に華奢なフレームをした眼鏡の鼻当てを、クイと指で動かして、
青年は前々から用意した口ぶりでセリフを口にする。
「月よ。水面に抱かれ惰眠を貪る月よ。そなたはまぎれもなく月
であるが、真の月ではない。水に抱かれた月の、弱きことを私は
知っている。それを今宵、証明しよう。」
青年は足元の小石を拾い。狙いすまして、月の丁度中心に入るよ
うに投げる。
フー、チャポン
チャポン
チャポン
「フフ、フフフ、フハハハハ。それ見たことか」
月に吸い込まれていった小石が姿を消し、その中心から波が規則
的な動きで広がっていく。月はちぎれようとしていた。
常に、美のシンボルと言わんばかりにただ、そこに存在する円描
くものは、その形を乱した。しかし青年は目論みを誤算したこと
に、直ぐに気づいた。
なんと、波に崩れいく月が、華を咲かせたかのように美しい。青
年は苦行の断食を抜け、雨林の中、白連愛でる仏陀の姿が頭に、
情景として浮かんだという奇跡に自らを失っていた。
我を忘れて、見惚れている自分の頬を数度叩き、歯ぎしりの鈍い
音が鼓膜を揺さぶるころ、踵を返して砂利に足を取られながら青
年は湖を後にした。
《劣の足掻きより:
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