ワールドエンブリヲ
ゴースト(無月野青馬)

生地の中に
爆薬も隠せないこと
そもそも
爆薬を調達出来ないことで
憂鬱になる朝を
「パン職人」は
多分100回は迎え
「パン職人」は
工房で
結局、自分は「世界」に何の影響も与えないだろうと
多分100回目の確認をし

都市に
送られるエネルギーを中継する
電信柱の影に
見習い時代に餌付けしていた「猫」が寝転んでいた気がして
「パン職人」は
電信柱の影を二度見する
今日の、
多分100回目の憂鬱が立体化したのかも知れないと
思えたのだった


けれど
見ると
「猫」は
消えていて
「パン職人」は
ただ、本心の要求を1日の内に二度確認しただけで終わった


本当は
パンなど焼いていたくはない
「パン職人」は
自分を
ワールドエンブリヲを防ぐ戦士なのだと
自認していた


「世界」の侵蝕の阻止に
関われないことは
「パン職人」にとっては
絶望の極致
糖類を絶ってベンチプレスを日にキッカリ1000回繰り返してきたのに
何処からもエンブリヲ追討の依頼の声が掛からない
それは
許せないことだった


「パン職人」は
自分の手を
外洋へ向けたい
生地をこねる手とは訣別したい
外洋へ出て
迫り来る侵蝕を食い止めたい
目を犠牲にしても
脚を犠牲にしても
自分の手で
エンブリヲを止めたい


店頭に
モロクの祭壇みたいな
スモー・ケーアが並んだ日
「パン職人」は姿を消した


「猫」がいた
「猫」は
自分は「世界」の中の蚤にすぎないと思っていたに違いないと
「私」は自室で推察していた
「猫」は
時々
「私」の家に招かれることもあったが
長居はしなかったと
「私」は
再確認していた


把握しただけで
餌場は21ヵ所もあった
10年前には
今は潰れている一軒のパン屋を餌場の1つにしていたらしい
そのパン屋の店員がよく売れ残りを与えていたそうだ
「猫」の記憶の中の
店員はパンをかじりながら
時々空を見上げていたのだろうか
時々は泣いたりしていたのだろうか
店の裏は
「猫」と見習いの小宇宙だったのだろうか
パンを粗末にしていなかったなら
そのことだけなら尊敬してもいいと
「私」は思ったりしていた


「猫」は寝転ぶことが好きだった
体中の蚤が死ぬし
ニンゲンの臭いも砂が消してくれるから好きだったのだろう


「私」は
不思議なものだと思っていた
「猫」に痒みをもたらす蚤の小ささは
不思議なものに思えた
蚤は死んでも死んでも
また生まれて来る
「猫」はまた痒くなる
でも、また、寝転ぶから蚤は死ぬ
それでも蚤は生まれて来る
「猫」にとっても不思議だったに違いないと
「私」は思っていた


餌場も
無くなったと思っても
また別の餌場が見付かるようで
生前、「猫」の餌場が消えることは終ぞなかった


ニンゲンもパンも蚤も一緒だと
「猫」は思ったに違いない
ニンゲンもパンも蚤と一緒で
死んでも死んでも
また生まれて来るし
パンも必ず売れ残るし
同質の物だと思ったに違いないと
「私」は思っていた


朝、「猫」は
どんな気分だったのだろう
「猫」は少なくても15年間、朝を迎えていた筈だった
「猫」は
最後まで
生きることに
特別な意味を感じなかったのか
許せないことは何も無かったのか
「私」は「猫」に訊きたかった


「私」は
自分を普通のニンゲンだと思っていた
けれど
自分でそう思っているだけで
母親以外に「あなたは普通ですよ」と言われたことはなかったので
若干、不安があった


「私」は
パン職人になりたいと思っていた
「私」には行きつけのパン屋があったが
「私」は、昨日、その行きつけのパン屋で
不気味なパンを見ていた
「私」は
不気味なパンを見た時
このパンを作った人はどんな気持ちでパンを作ったのかまったく分からなかった
その前に
「私」は
一昨日死んだ「猫」についても
勉強不足で分からないことが多かった


「私」の
不安は酵母のように膨らんでいた
自分の心が未完成なのではないか
だから
真実が分からないのだと
自らを懐疑した


自らへの懐疑を引き摺ったままの今日
学校帰り
「私」は
電信柱の影で
多分100回目の、強めの憂鬱に侵蝕されて
うずくまってしまった


「私」は
強めの憂鬱の侵蝕に耐えながら
時の経過を待っていた
強めの憂鬱が迫って来る時には
いつも母親のカレーパンの味を思い出すようにしていた


強めの憂鬱が「未完成の私」を侵蝕した
ちょうどその時
そのタイミングで
「私」は
骸骨みたいなニンゲンとすれ違った
骸骨は
今から思うと
彷徨える「パン職人」
だったのかも知れない
電信柱の影で
うずくまる「私」とすれ違った
「パン職人」は
脳内で自分だけのエンブリヲ追討計画をこねくり回していたのだろう
頬は痩けていた
髪は乱れていた
死神の風貌だった
そのまま遠ざかって行った
「私」は
骸骨みたいなニンゲンは父親みたいで嫌いだったから
そのまま
骸骨が行き過ぎるまで
うずくまっていた
憂鬱な気分だったけれど
母親のカレーパンを思い出し
少し完成度を増した
「私」は
立ち上がり
電信柱から離れられた
「猫」を誰が殺したのかを
改めて考え直していた





自由詩 ワールドエンブリヲ Copyright ゴースト(無月野青馬) 2013-12-14 04:42:09
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