白雨

後ろから剛い電気光線を受けた処刑場のクライスト、林檎は、祈りとも醜形恐怖とも取りうる微妙にずれた表情で光線に鮮やかな返り血を浴びた自分の姿を想像していた。執行するわたしの背後には黒い革鞄があってなかには手術道具と美しい木製の三角定規が入っている。この三角定規の使い途はわからない。わたしは女性用の細いシガレットを吸って時計を見る。

12時15分で、短針が細かく顫動している。

12月10日、手帳にはこの日付にアンクル・トムの詳細な描写がある。今日は12月9日で朝、日が昇るまでは12月9日のままだ。僕は平然とカーテンを閉めて手袋を嵌める。葉巻を選ぶときの要領でわたしは林檎を品定めする。
しんとしずまりかえった部屋に林檎のざわめきが聞こえる。秒針が刻々と音を立てている。堪えられない抒情詩がわたしを誘惑して、わたしのなかにふと林檎への愛着が湧く。わたしは思わず林檎を撫でててみる、すると、それは心臓に伝染わり、線描のゆらぎの感触が鼓動を早めて、わたしはクライストになる。

林檎よ、おまえを撫でて撫でて撫でまわして得られるこの注射剤が、どうしてこうも革鞄へわたしの腕を走らせるのか。わたしは冷静さを失って革鞄の中身をぶちまける。鋏と三角定規が床で結婚して、遠くで汽笛が鳴るのを聞き分ける。
ああ、くそてけれ!わたしは床からうすっぺらいちいさな挟を握りしめて、想いきり林檎に殴りつける。

―どうしたことだろう、すると天井のシャンデリアから、無数の林檎が音を立てて転がり落ち林檎がわたしの脳天を打ち砕きやがて部屋中を林檎で満たして、わたしのクライスト性がすべて窓のしたに放流される。わたしは林檎の嵐に埋没して床にうずくまるだけであとはなにもしない。

分かったかい?
―これが、シュトルムウントドラングのすべてだよ。




自由詩Copyright 白雨 2013-12-10 00:58:19
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