秋
月形半分子
秋
残暑の厳しい日のこと。古本屋へ行ってきますと断りをいれたら
家の者が、ああ、あの分かれ道だねと言う
不思議なこともあるもの
分かれ道とは曼珠沙華のことではなかったか
伝統工芸品のなかから抜け出してきたような藤棚に
若い萩が揺れる道を行く
やぁ、この藤も枯れたなら、棚下によく陽が当たるようになるのでしょうねと
遺族のように白い死者を抱え合う蟻に声をかけてみる
彼らが死んだものの手足をどうしているのかを見ようと顔を近づけると
ふっと空蝉の体温が私の体を走り抜けた
あぁ、今年最初の秋風がふいた
淋しがり屋が一人になりたがる理由はなんだろう
伝統工芸品のように漆塗りの背景を持たない私達の理由は
空に抜けていくばかりで見ることが出来ない
降りそうで降らない雨の一歩先を歩くのは花屋の老婆
秋桜畑へと行くのだという
そうそう、私の懐に友人に出し損ねた一通の手紙がしまったきりだった
「前略、雨の降る頃に会いに参ります
噂によるとそれは、川辺で柳が優しく壊れはじめる頃のことだというのですが
あなたはどう思われますか 草草」
友人とは会にいくものだろうか
それとも会えるものだろうか
私は今日も柳のならぶ川辺へと行く
土蔵の二階に、私を入れた牢獄が埃にまみれて転がっている
自らを牢獄に閉じ込めることほど簡単なことはない
世の中が変わってしまう予兆のように
飛行機が爆音をたてて真上を飛んだとしても
それが聞こえないのが牢獄
あの日、私は絶えず頬に触れていた一房の葡萄を、飽きることを知らずに食べつづけていた
突然、それが私のなかで蝋と化し口から溢れはじめたのだ
蝋は美しい日々の分だけ私に尽きることがない
八百屋にならぶ葡萄は色とりどりの尼の僧服
仏壇には誰か檸檬を置いて頂戴
夜になって雨が降り出すと
雨音が重い瀬音のように響くから
幼い姉妹は羽虫のように裸電球の下で寄り添い合う
十五夜を過ぎたらもう泣いてはいけないと
母の呟きが夜の雨にまじって降ってくるのだ
生き返ってくるように