Kよ…
イナエ

あの朝 若い担任は 粗暴で担任泣かせの君が書いたという「ひとりぼっちのクリスマス」を校長に見せた。感動した校長は涙ぐみ集会で紹介していた。だが この話には君ではない原作者がいた。
母子家庭の少なくないこの学校では 夜の仕事に出る母も多く この少年のように ひとりでクリスマスを送るのは君だけではない。君の暴力行為を面と向かって忠告し続けた学級委員のIだって ひとりぼっちだ。君はそれを知っていた。だから君より小柄なIを殴ることもいじめることもできなかった。としても 君が自分の姿をこの純な少年にダブらせたことに 私は複雑な驚きをもったのだ。 

ときおり途切れる校長の話を聞きながら 君はあたりの級友を見ていた。彼らは この話が小学校で取り上げられたことを知っていた。君は私をちらちら見た。気にしていたのだろう。君の書いたという文は、若い担任はだませても私はだませないことを。
だが 私は校長の思惑にいらいらしていた。 君の視線が来る前に晴れ上がった冬空に視線を逸らし グランドに落ちた小石をながめ… そう 一度だけ逃げ遅れた。だから かすかに笑いを返した。そのとき 君は何を感じたのだろう。君の仲間たちが 私のことを陰で話していたように 知っていて知らない振りする優しそうな気味悪い教師? それとも してやったり うまくだませたと思っただろうか。
あの話が まじめな多くの少年たちの中へ君を引き戻そうとする 校長の演出だとしたら 君はどうしただろう。君は校長を疑っていたのか 校長はだませなかったと。だが 校長は 子供を信じて 信じて 校長になった人…

次の時間 薬でラリッている君に ボクは見てしまったのだ。もう級友の元には帰れないという君の叫び 哀しみを…。

次の日 体育館で私を見かけたとき 君は言った。「オレ馬鹿だよな まともに先生たちに向かっていって… これからは適当に付き合うよ」
あれは 校長に話を止めさせなかった私への別れの言葉だったか 大人の世界に入った宣言だったか それ以来 君は私の前から姿を消した。

Kよ 君が通りがかりの女性を刺したと 新聞で知るまで 君は何をしていたかは知らない。だが 君の中にはあの朝が生き続けていたのだ。そして 私の中には あの日の君の悲鳴が残ったままだ。 
 


自由詩 Kよ… Copyright イナエ 2013-10-23 16:07:43
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