あの日覗き込んだ照準器の十字架Destiny
北街かな
夏休みの終わりを告げる残酷な音が、晴れ渡っていたはずの空を埋め尽くしてゆく。
縁側から顔を出して見あげた。頭上をぎっしり埋めているのは色とりどりのヘリコプターの群れなのだ。真っ青な空にぎっしり、ぎゅうぎゅう、プロペラをビリリリビリビリとしつこく鳴かせて、空中の高いところで静止している。ほんとにたくさんだ。すごい数だ。
たくさんだなんて日常語句なんかじゃ形容しきれないくらいには限界を超えたたくさんのヘリコプターのせいで空は暗く重い様相に変化して、シリアスな闇が一帯の山間部に走っていく。夏の終わりに相応しい光景じゃないか。
ヘリコプターで出来た鉄の雲は、綺麗に透き通っていたはずの夏の空を覆い隠して潰していく。
大量の紙吹雪がビリビリビリリリと降ってきていた。鉄の雲がそこらじゅうにばら撒いているんだ。白い破片は屋根や山間に薄く積もりしだいに盛りあがっていき、集落を埋めつつあった。
このヘリの群れは毎年この季節になるとやってくるんだ。
僕は睡眠時間を削ってスナイパーライフルを手作りし始める。ただし発泡スチロールとダンボールと割り箸と鉛とステンレスとガラス繊維入り強化プラスチック等の身の回りにあるものを適当に集めただけなので、まともに完成するのかどうか。
弾丸にはアルミホイルで包んだチョコボールを使うことにする。
それなりの形状になりつつあった狙撃銃を僕はだめもとで空に向けた。庭の土に片膝をついて銃床を頬に当て空を睨む。目標は空でビリビリリ叫びながら紙吹雪を吐き散らすヘリのうちのたったひとつ、ピンク色で猫耳を生やしている美しい機体だ。
何故それを狙おうとしたのか、はっきりした理由があったわけじゃないんだ。
誰かを好きになるってそういうことじゃないのかな。
僕はおもいきり良く射撃してやった。ズッダーンピキヒュインが山頂にまで轟いた。
ターゲット・ヘリは「キャー」と被弾音を上げて姿勢を崩し、扇風機のように回転しながら地上へと墜落した。
山奥で燃え上がっていた猫耳ヘリから僕は操縦者の左腕に当たる部分を乱暴に引っ張り出した。急いで自宅に持ち帰り、バスタブに満たしておいたいちごゼリーに投下した。腕は切断面からモリモリと再生して人間の形になっていった。
こうして、僕と彼女との男女交際が始まった。
ヘリを操縦していたアリスカガミハラ・マミユミコちゃんは小学六年生の二十一歳で、おそらく人類であった。ヘリと同じピンクの猫耳を生やしているので耳は良くて、音楽の趣味が良かったが頭のうえに耳があるためヘッドホンを逆につけなくてはならない。背中には七色発光するランドセルを背負い、最新式アコーディオンでもあるタータンチェックのプリーツスカートをふともも上でひらめかせ太陽光発電して生きている。十三歳のときにSNSを通じて新興宗教にスカウトされ聖典のイラストを描いてマスコミに紹介されたその一年後、シャッフルアイドルグループに入団して銃をとり、反国家アイドルの中心的存在となりポップでちょっとエッチな歌詞による暴力的な選挙活動の末に政体をテロで乗っ取るもセンター争いで分裂、北海道でアイドル共和国をつくろうとしたが、かわいそうに裏切り者の仲間アイドルに左胸を撃たれて重傷を負ってからは心が不安定になりアイドルをやめざるを得なくなった。当時の銃創はゆっくりと皮膚の中を移動し、今は額にある。目立っているのでメイクでは隠しきれていない。
彼女の話によると彼女の右半身を救出した人が別に居るそうで、その人もまたマミユミコちゃんを再生したため彼女は二人になってしまったそうだ。現在は二人暮らしをしているという。だが顔も性格も違うらしいから僕は彼女を間違えることはないだろう。
マミユミコちゃんと僕はだれもがうらやむ運命的恋人関係となってほぼ毎日、待ち合わせをしていろんなところに出掛け続けた。ふたりでぎゅっと手をつなぎ太陽まで続く長い長い白い階段を途方もない時空のそよぎのなかで昇りつづけてみたり、百年後の未来に地上に墜落予定の彗星が生み出す予定の超巨大隕石孔の斜面を米袋で滑り降りてはしゃいでみたり、異星人向け恋愛周辺機器の一種である告白用巨大スピーカーの内部でサヨナラライブイベントを開催して十万人集めてみたりと、行き先は平凡な場所ばかりだったが彼女と一緒ならどこだって奇跡のように素晴らしいデートコースに思えたものだ。
僕らはデート先でお昼を迎えるとレジャーシートを広げて体育座りをしてお弁当を広げて宇宙ロケットを組み立てて操縦席に着席してあーんとかアンアーンとかとっても大好きーなどと真剣に議論しながら、二人っきりで膨大な宿題を解きあった。
マミユミコちゃんは十年前に海に没した古代遺構の内部に分解された状態で眠っている大神殿の柱の内側にそびえている看護学校への進学を希望しているので、僕も微力ながら全力で協力してあげたいと思っているのだ。足し算と割り算と富士山をリンゴの皮とみかんの筋を使って二年くらいじっくり説明し続けていたら、だいぶウルトラひも理論を理解できてきたらしくて、左腕だけいろんな次元へ遊びに行っては戻ってきたりもするようになっていた。
こないだなんか、宇宙船内に茂っていた熱帯雨林のなかに隠されていた地球最後の観葉植物に人骨を仕込んでしまい、あげく硫化水素ガスを浴びせかけて、美しい人造人間を創造してしまったので僕は言葉を失った。人造人間はぐるんぐるん回転して自らをよじり、神社に下がってるやつみたいな太い縄に変化して宇宙船をびよよよーんと飛び出してゆき、数日後、丘のうえの幸せな教会に釣り下がっていた金色の鐘を結びつけて楽しそうにリンゴン鳴いて跳ね踊って戻ってきた。僕らは最高にハイになって手を叩きあいながらフー! ヒョー! おめー! と思いつく限りの祝福の言葉を叫びあって、宇宙船のてっぺんによじのぼり踊る縄を普通の縄でひっとらえて、宇宙船の先端部に鐘をくくりつけ、宇宙船をそこらへんの空に上下に飛ばして鐘をリリンゴンと鳴らし、バスタオルでドレスをつくって嘘の結婚式をパーッと挙げた。祝いの花火でついでに隕石を撃ち落として世界を救った。こんなに幸せで果たして良いのだろうか。
だが残念なことに幸せはそんなに長くは続かなかった。僕のもとについにヘリコプターが届いてしまったのだ。ポストにも庭にも入り切らないお届け物を前にして僕は途方に暮れた。道路に置きっぱなしにしておいたら近所の人に怒られてしまうじゃないか。もう、乗るしかないなんて。僕の耳にビリビリビリリリと紙を破き続ける音が止まらないんだ。ビリビリリリビリ。また紙吹雪が降ってくる。書いても書いてもビリビリリリリ。字が書いてあるぶん白紙よりひどいじゃないか。ヘリに乗るということは、誰かに撃ち落とされるかもしれないってことだ……マミユミコちゃんのように。
僕があの日、チョコボールで撃ち落とす羽目になった出会い頭の運命のように。
マミユミコちゃんは僕の家の前にあったヘリコプターを見てかわいそうに泣き出してしまった。彼女は僕を心配するあまり最悪の事態をいくつも想像しすぎて絶望し、喚いて暴れて高らかに笑ってしゃらんと舞いラララ歌い踊ってばさりとスカートをひらめかせて飛び立ち、下半身でアコーディオン演奏しながら、プールに行って苺狩りに行ってくま牧場に行って砂浜を駆けて海の家を壊して海の中を走って溺れて、記憶を失ってしまったけれど、それでも僕への愛だけは、愛だけは忘れないで胸に残しておいてくれた。
だからマミユミコちゃんは最後の力を振り絞って、ヘリコプターに左右の猫耳をつけてくれたんだ。
ピンクくってつやつやしてて異様に目立つやつだ。そういうところ、マミユミコちゃんに良く似ているなって思った。僕が喜んでみせたら、マミユミコちゃんはヤル気を出しすぎてしまい猫耳がどんどん増えた。これだけたくさんあったらコレを耳だと信じる人は誰も居なくなることだろう。僕はかなしくなって涙がこみあげてきた。たくさんなんて日常語句がふさわしいとも思えないくらいたくさんの猫耳がヘリから生えているのを見て、嗚咽がとまらなくて、遂に血液をぼたぼたと吐いた。おえげふごぼぼしたしたと血と唾液と胃液と粘膜と胃壁と落胆の混ざったやつが喉からどんどん逆流してくる。
僕は苦しくてひとおもいに叫んだ、あああああ。叫びは市街地に轟いてガラス製のものを全て割りつくし、峡谷に轟いて岩を片っ端から砕きつくした。一週間くらい叫んでいたら村長の次男の嫁さんと百歳になる村長の叔母さんとあと他に村長関係のあの人この人に、叫びがうるさいしヘリが道に置きっぱなしで邪魔だと怒られてしまったので、ついにヘリコプターを飛ばさなくてはならなくなった。
もう僕はマミユミコちゃんに会えないかも知れないと思ったので、最後にお礼を言おうとバスで山を降りて、彼女の住む都会のマンションの部屋の扉の前にまでやってきてピンポンを連打した。だが扉を開けて出てきたのはマミユミコちゃんよりひとまわりちいさい女性だった。顔はよく似ているけど、顔と首の中心に縦線が入っていたので、ああこの人が右半身から再生したというマミユミコちゃんの同居人にちがいないとすぐにわかった。
彼女は無表情ながらも僕を部屋内へと快く招き入れてくれたのだが、玄関をまたごうとした瞬間、頭のうえに鈍器のようなものを振り下ろされた。僕は暗闇に落ちた。
相当痛かった。
闇の中で苦しみを訴えながら手足をじたばたさせているうちに、ビリビリビリリリという懐かしい音を聞いた。僕はヘリの中に運び込まれたらしいが視界は暗闇だし他に感覚らしい感覚も得られないからまだ気絶しているといってよいだろう。ドンドドドンという窓を叩くような音がして、びっくりしてやっと目を開けると、僕の頭は誰かの膝の上に乗せられていた。僕の体はヘリの操縦席に横たえられていた。というか折り曲げられてぎゅうと押し込められてた。ヘリの窓からは窓ガラスを必死に叩いて何か叫んでいるマミユミコちゃんが見える。彼女は僕のことをまだ、ちゃんと覚えてくれているんだ。すべてを忘れてしまっても僕への愛だけは忘れないでいてくれるなんて、なんて可愛い子なんだろうか。だがヘリはマミユミコちゃんを地上に置き去りにして浮かびあがり空へと向かっていく。僕は僕の頭を膝上に乗せている人物の顔を確認しようと頭を上げた。ごついカーキ色のガスマスクを被った端正な目元の少女の顔がそこにあった。マミユミコちゃんの同居人と同じ水色のノースリワンピースを着ているようだ。彼女はヘリをさらに上昇させながらシューコ、シューコと激しく呼吸していた。僕は不安が止まらなかったので彼女に聞いた。「このヘリは一体何で飛んでいるの」
空にはたくさんのヘリコプターがビリビリと泣き叫んで飛び溜まっていた。東西南北あらゆる方角からヘリは集まってくる。例年にないすさまじい数だ。
僕の膝枕と化した彼女は言った「落ち着いて聞いてください。貴方が感極まって一週間ほど泣き叫んでいるあいだに、貴方のせいでほとんどのヘリはバラバラになって森や海に落ちていってしまいました。砂漠に落ちた機体だけは何故か助かりましたがそれらもほとんど埋まってしまって化石化が進んでおり手が付けられない状態です。ここに集まっているのは二年前のヘリばかりです。ヘリが無くてはどうしようもないですから私がいちごゼリーの中をくぐって未来へ行きタイムワープトンネル発生加速器をうばいとって戻ってきて二年前のヘリを大量に誘導してこようとしたのですが逆に私たちの居た今年ごと二年前に移動してしまいまして、つまり私たちは、あらゆるものが二個ずつ存在する二年前の空を飛んでしまっているのです。宇宙の質量が突然二倍になってしまったせいでこれから宇宙は自重で収縮して無次元特異点に収束してゆくでしょう。じきに二年前の貴方がこのヘリを見つけ、照準をここに合わせ、見事撃ち落とすことでしょう。いえ、二年前ですからピンク色で猫耳が一揃いしかついていないヘリもまた何処かを飛んでいるはずですですので、撃ち落されるのはやはりそのヘリかもしれませんがそうとも限らないわけです。耳がいっぱいあるほうが有利かもしれないのです。私は貴方を救いたいという気持ちだけでこのヘリを飛ばしています。いえ、それだけとも限らないでしょう。プロペラをずっと回しているのは教会の鐘を結びつけた太い縄です。その縄はかつて人造人間であり、植物でもあり、光でもあったのですが、今はもう自らがヘリコプターであると固く信じて疑っておりません。私は彼……いや彼女に問いました。なぜねじれてしまったのかと。なぜねじれてもなお回ろうとするのかと。希望の鐘の音を鳴らし続けようとするのかと。ほらよく耳を澄ませてください。ビリビリビリリというあらゆる紙くずを破り捨てる絶望の音のあいだに、かすかに希望の鐘の音が響き渡っているでしょう。ビリビリリビリキンコンカン。そんなに悲しい顔をしないでください。自暴自棄にならないでください。未来は空の向こうにあるとどうして信じられないのですか?」
少女はそっとガスマスクを外して、真ん中に線が入っている顔で僕を見た。マミユミコちゃんとよく似ているけどやっぱりかなり小さいのだ。
マミユミコちゃんその2は、息苦しそうにゲフコッホンと咳をして、にこりとかわいらしく笑って僕にガスマスクをくくりつけてきた。ケフンカフン。まだ咳をしている。
「貴方の握り締めた狙撃銃の照準器の、十字架が交差する一点の遥か彼方に、たぶん間違いなくおそらく非常に低い確率で存在しているに違いないのです、私たちを狙い定める、希望的未来というものは。その萌芽というものが。その欠片は、実際、可能性としてはほぼ無いかもしれません。ですが希望というのはそういう当たりか外れかといったものでは無いんだと私は思ったから貴方を鈍器でひとおもいに殴ったのです」
やはり僕は彼女に殴られたのか。
マミユミコちゃんとは厳密には別人なんだろうけど恐らく近似的存在である彼女に、鈍器のようなもので殺されかけるなんてすごく悲しい。僕は泣いた。
マミユミコちゃん2はハンカチで僕の涙を拭いながら、咳をして言葉を続ける。
「貴方が引っ張ったのはどうして私の左腕であったのですか。どうして私の右半身では無かったのでしょうか。私は同居する大きな私に毎日のように幸せな恋人関係の進捗状況を聞かされ続けてきたのです。なかなか口にするのはつらいことですが、正直、ひどくねたましく思ったものです。私の右半身を救出してくれた男は、再生に中途半端に失敗したあげく私をみかんゼリーに沈めてつぶつぶにしようとしたのです。酷い男でした。甘酸っぱいどころじゃない、それは残酷極まりない強力な酸味だったのです。私は彼の元を逃げ出して、でもやっぱり引き返して、彼の頭を掴んでみかんゼリーに満たされたバスタブの中に何度も口を突っ込ませました。彼は『染みる』と言って、みかんの中に溶けていきました。橙色の幸福な光あふれる、みかん次元へと旅立ったのです。そうして私は決意しました。いえ、違います」
「違うって、何が」
「ちがうんです。衝動的な反抗でした。私は未来のために立ち上がろうとしたのです、突発的に。貴方が高らかに高速ピンポンを奏でてくれたときに全てが終わり全てがもう一度始まっていく音を確かに耳の奥で聞きました。私の手のなかには、見たことも聞いたこともないような鈍器の存在が芽生えました。なぜかみかんの形をしていたので、余計に私はわけがわからなくなってしまったのです。貴方が生きていて本当に良かった」
「マミユミコちゃん、僕をここから降ろしてください」
僕は頭からみかん果汁を流しながら、泣いて鼻水を流してすがりついて懇願してみたけど、マミユミコちゃん2はちいさい体のくせにビクともすることなく、操縦桿を握っているのだ。
「だって降ろしたら貴方はここから落下してしまうのに。ねえ、どうか聞いてください。照準器の向こうにあるまだ見ぬデート先がたとえ地球の裏側の裏側の裏側の裏側であったとしても結果的には、ここが到達地点です。今居る此処こそが貴方の認めがたい未来の行き先であり過去の帰結であることは目を背けられない圧倒的な事実なのです。なぜ悔やんだり紙をビリビリ破かなくてはいけないのです。青空が見えなくなっても構わないのですか。あのとき右腕なんかもぎとってくるんじゃなかったなんて自分を責めたって私の体の真ん中に走った線は消せませんし貴方の過去の照準だってずらすことはできない」
何度も考えたことはあった。
どうして猫耳のついたピンク色のヘリコプターにしたんだろうなって。
弾丸はアルミホイルに包んだチョコボールでなくてはいけなかったのだろうかって。
猫耳ピンクの機体が他の機体と比べてひときわ美しいとか艶やかだったとか、チョコボールが死にたくなるほど甘かったとかきっとそういうことではないんだ。
マミユミコ型の少女は、ミシミシと真ん中の線から左右の体をずらしていった。
でもまばたきすると次の瞬間には元に戻るのを繰り返している。彼女は目玉を回しながら、僕からガスマスクを奪い取って顔に装着した。シューコ、シューコという悲しげな息遣いの中で、ずれていた顔が元にもどっていく。
「貴方が覗き込んだ照準器の十字架をなぜ悔やむのです。たとえ全部偶然でした僕の意志なんてものは有りそうでどこにも存在していなかったなんて嘘を吐いても嘘は嘘です。貴方が貴方をそうさせたのです。貴方が貴方自身をそのようにしたのです。だから諦めて、帰結としての私を愛して下さい。愛が選択だとか誘惑だとかあらゆる偶然の積み重ねだなんて思い込んでいるならそんな虚妄は捨ててください。愛は必然であり、愛は諦めなのです。出会いだとか射撃だとか空に浮かぶだとか自由研究だとか、全部、貴方の消去法が導いた解答です。諦めだとか消去法だとかいった言葉が、貴方にはネガティブに聞こえるでしょうか。では言葉を変えましょう。運命であると。既に決まってしまった過去は今となっては全部運命だから、悔やんでも悔やむだけ時間の無駄です。認めてください、貴方の隣にいる私を。認めればいいのです、貴方の頭が枕にしている私のふとももを。見つめてください、私のガスマスクを。どうしても認められないならばもう一度、狙撃銃を一からつくりなおして長い夏休みを始めるしかないんです。多くの困難が待ち受けるでしょう。多くの材料を失うことになるでしょう。チョコボールの箱はからっぽになり、またエンゼルが居ないと嘆くのです。けれどそうすることで、貴方は新しい彼女と世界の果てで宇宙船だって生み出せるんです。そこに居るのは誰でしたか。私が見えますか。どうして貴方は左手を取って私から引きちぎったんですか。理由なんて無かった。右手でも良かった。全てはここに巻き戻され、正しく始まり直すんです!」
機内が大きく揺れた。
僕とガスマスク少女の乗ったピンク色のヘリコプターがチョコボール弾で被弾して大きく傾き、回転しながら逆さになって地上へと落ちていった。こういうアトラクションが遊園地にあった気がする。
ヘリコプターの群れはなお空高く集まってビリビリビリビリと紙くずを破き続けていた。
そんなにまでして大量に破きたいものが、そこまでたくさんあるのだろうか。あの時もっとこうしておけばよかった、もっとこうなれたはずなのになんて叫びたくなるような過去が、そんなにたくさん、空を埋め尽くすほどあるものだろうか。美しい空を塞ぐほどのヘリを飛ばして、ビリビリビリと消したい過去をプロペラカッターで八つ裂きにして地上を紙吹雪の豪雪で覆ってしまうほどの過去なんてものが、あったというのか。そんなことより僕はいま宙を扇風機のように回り落ちている。これからいったいどうなってしまうのだろう。
僕とともに地上へ落下しているガスマスク少女は、僕に向かってはっきり右手を伸ばしながら、左手で太い縄を引っ張ってリンゴンと祝福の鐘を鳴らしている。僕がこれから恋をするのは、もしかしたらこの右半身の彼女だったのかもしれない。
地上から飛んでくるチョコボールがアルミホイルを脱ぎ捨てながら僕の口のなかに飛び込んでくる。
こんなありふれた味でも、まるで奇跡のような甘さに思えたのだ。