エロ本曼荼羅



しびれるくらいの夕立を浴びせられながら、緑のカラコンを落としたと言ってうずくまる彼女のふくら脛を見ている。膚は湿ってはいるのだが水滴がそのまま伝って靴の中に入っていくのが見える。おれは傘を差しながら見ている。燕脂色のスカートが雨に濡れて黒ずんで、パンツが透ける。そそる。折しも夕暮れ、往来で、交差点の心臓に片方はずぶ濡れ座り尽くすのだが、車の通りはそのまま連れ去られたみたいになくなっていた。さっき信号を待っている間に、台風が近いとか誰かが言ってたような気もする。それでもこの驟雨の中にいるのは、おれと、彼女と、あとは時々、合羽を着て自転車に乗った男だか女だか人だかわからないのが、確認するようにおれたちの周りを走る程度だった。やつらが近づく度にジップロックに入れたマシーンをそっとコートの上から抱き締める。ちょうどエロ本を拾った帰りの男子中学生だ。 こういう誰も外に出ないような嵐の日に、少ない友達と自転車を走らせて、団地のゴミ捨て場を漁りに行った。しとどに濡れた紙の手触りをなるべく広げないようにエロ本を握ると、かえって滴が方々に付いたのを思い出した(毎回、女の顔と性器は、濡れた紙でどろどろに崩れていて、仕方がないから別のところを使う他なかった)。そういえば男子中学生に彼女は刺激として成立するのだろうか。おれは勃起する自分を中空から眺めてなるほどとつぶやく。まだ見つからないの、とおれが言うと、見つからない、と背中越しに彼女が返した。その間にも何台かの自転車がぐるぐるとおれと彼女を追い越していく(いつも拾いに行くときは同じ人数だった。雨ガッパを来て、誰かに見つからないように遠回りをしていく。列の順番も決まっていた。おれは三番目、いちばん最後だった)。気づかれないように、コートの襟を立てながらその中のひとりをおれは呼び止めた。「嵐がひどいみたいですね」鍔の下の暗闇から肌色が少し出てくる。「とてもひどいようです」熟柿のにおいがした(トリスの瓶を鞄に詰め込んで、篭に入れて速度を上げると、ガタガタ揺れてこぼれそうな瓶の音と、顔に当たる雨粒がおれの顔もぼやけさせていくようだった)。すぐに鍔の下はヌゥッとまた一辺の暗闇に戻って、自転車は走り出していった。彼女はこの数秒の会話を聞いていなかったようで、やはり蹲っている(女の顔はもう覚えていないし、すべて同じように見える。暗がりで口元が見えると、いけない、と思う。瓶の中身が溢れ返って、自転車の倒れる音がする。おれはサンダルを脱ぎ捨てたまま逃げ出して団地沿いの草原を、)。カラコンを付けていない彼女の目をまじまじと見たことがないおれの頭の中では、暈されていく彼女の顔が中空に浮かんでいた。マシーンが少し軋みを上げ(駆け、)た。襟を合わせながら、自分の腹を覗き込んだ。マシーンの内臓にはおれの部屋がミクロに圧縮されている。時おりあぁとかうぅとか言ってひくひく動く。呼応してビルが揺れる(友達の声が聞こえる)。部屋の中の軋みがそのまま開陳されて空間に伝わるのだ。おれの部屋と都市は互いに食い合っている。空き瓶(おまえの投げた)や、弁当のゴミ(やつらが食った)や、吸い殻(おまえが押し付けた)や、切れた弦(やつらが刺した)の、(おれたちが)耐えきれない都市のために類感呪術が行われているのだった。夜が近づいてきた。彼女とおれがだんだんぼやけてくる。自転車の群れは(亡霊のように過ぎて)、だんだんその列が重なって((直線)になってくる。その部屋のなかに彼女のカラコンがあるのを知って(知っていた、知って))いる(みどりの、みどりの色の)。そして(彼女)が部屋の(なかに、部屋のなかにある)エロ本の写真に写された都市に彼女がいることも。嵐が、やっ(てきた。薄暗い雨の(帳を押し退けて)彼女が立ってこ(ちらを見(る。
「なかった」

夜が落ちる。


自由詩 エロ本曼荼羅 Copyright  2013-10-15 18:50:27
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