Φ編
由比良 倖
φ
私は、ヘッドホンを通して、
電力会社とつながっている。
地磁気みたいなの感じるのよ。
私とあなた。私とあなたと太陽のあいだに。
私はヘッドホンを通して、
ニック・ドレイクとつながってるだけじゃないのよ。
中世期ともつながってるし、
太陽系ともつながっている。
私のマンションのドアが宇宙の果てまでつながっていて。
「ここは中心なの?」と
枯れかけたスイレンにきいてみる。
φ
何もかもを見てやる。
大きく目を開けて。
何もかもを見てやる。
宇宙の深くまで。
なにもかもを。
φ
あたしは
とてもしめった人間。
月とのあいだに発生する
いんりょく
が
ふつうのひととは違うの。
φ
テレビが好き。
たとえ期待はずれの番組や、
私をおびえさせるような放送ばかりでも。
私はテレビを信じてるの。
φ
BOSEのオーディオがほしい。
精子を売ろうか?
φ
この脳が好き。
君の脳が好き。
ぼくの
大きめの脳です。
大事にしてね。
φ
僕はきみに
皿洗いなんかさせない。
その代わり
マニキュアを塗らせてくれないかな。
赤やピンクやラメ入りのや深海の色。
φ
歩いて
歩いて
また歩いて
死んでいく。
目の前に流れる景色。
きれい。
φ
例えば、欲しいもの。
くうき清浄器。
例えば、いらないもの。
煙草のフィルター。
φ
終着点の無い
散歩をしたい。
セントラル・パークのすぐ隣に、
部屋を借りられたらすてきだろうな。
φ
8ヶ国語ぐらい喋りたいな。
日本語。
英語。
アイスランド語。
フランス語。
ほか。
胸のなかにある、
宇宙共通語。なんて。
φ
美しい白鳥の子だったあたし。
成長して
みにくいアヒルになりました。
φ
息を止めてみなよ。
僕の苦しみがわかるから。
φ
欲しいのは
あたたかい眠り。
眠ったまま
起きていたい。
ずっと
ずっと。
φ
僕らは
「答え」を見つけられずに
どこへ行こう。
宇宙がそれを教えてくれた。
いつの日か来るだろうと思っていた。
そこは、有り金すべてで「クスリ」を買える店。
磨かれたウィスキーグラスが並んでいた。
長い間ビルの谷間を這っていた気がする。
そこには昼夜の区別なんてなく、
人類もゴミも全く平等だった。
φ
僕には君がいた。
知っていたよ
君にも同じ傷があることを。
僕が君の傷を舐めているあいだ、
君は僕に新しく深い傷を一杯付けていた。
僕が血にまみれ、
立てなくなったとき
君は初めて僕を見下ろし、
「好き」と言った。
僕には返す言葉が無かったよ。
だってそのとき君には傷なんか
もう一つも無かったんだから。