砂情
ねなぎ

潮の匂いに
咽返るように
薄っすらと目を開ける
密閉されていると言うのに
滲み出して
すぐに染まる

手を伸ばして
助手席の地図を
掴もうとした時に
ダッシュボードから
エアコンに吹き上げられた
砂が
指の節に
流れた

ザラザラとした手触りと
シートとの摩擦で
滑るような紙を
上手く摘めなくて
座席の下に
膝を突っ張り
右手でリクライニングを
元に戻す

まぶしたような
フロントガラスに
煤けた様な
砂に埋もれた水門が
押し留められなかった残りを
無理やり踏み固めた道が
白々しいような
朝の光から
照らされていた

窓から広がるのは
工業用水の匂いと
浮かぶゴミに
揺れている
青より
緑がかった
果てしない水

先月から
消えてしまった橋と
迂回のポイントに丸を着けた
クシャクシャに擦り切れた紙を
作業服の袖で擦り
再度
確認する

頻繁に書き換わる
新しい道順に
順を追えることも無く
奔走されて
既に
移転が始まった工場と
配送先とのルートを確認し
少し
染みたように
萎む目を
フロントの先に
向けようとして
痛み
目を閉じても
焼き付いているような


この地区は
今年度中には
持たない事が保証され
残された移転先を
争うように
新築が進み
新たな
道路が引かれ
内陸へと
移住が始まっていると言うのに
未だ移転先の目処の立たない
廃棄されるべき
工場群を眺める

この街で

この海で

この地元の
土地勘があるという事だけで
就職先が決まった
ドライバーに

海から離れる事に
さして抵抗が無い事
そして
これから
土地勘の無い場所で
同じように
ハンドルを
握らなければ
ならない不安も

全て
流れるように

終わり行くのは
穏やかに
突然では無く
緩やかに
続くように
少しづつの
連なりのように


消えていく

流れていく

それは
ゆっくりと
侵食されて
気がつけば
流されるように
沈むように
朽ちて
こずんで
混じって
紛れて
無くなるように

拡散し
溶けて
混じり
収束せず

打ち寄せて
引き返すを
繰り返している
だけに見えて
そこにあるだけの
全てを
飲み込む生き物のように

目を開き
蛍光表示管の時刻を確認し
ゆっくりと
肩を回せば
胸のボールペンが
音鳴らし
起動する

疲れの取れない
頭の中で
揺らめくような
意識が粒となり
泡立つように
収束して行く
首筋から
溢れている気がした

次に回るべき配送先を
浮かべ
棚上げされた先を
波音に流せば
残るのは
ぼんやりとした
青さと
諦めに似た


自由詩 砂情 Copyright ねなぎ 2013-09-29 12:35:52
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