ぶ厚いカーキ色のタイツ
栗山透

季節は冬
空はいちめん曇っていて
あたりは薄いベールをかぶったように
淡くてうすぐらいコントラストだ

右に目を向けると
彼女の左脚とそれを抱える左手が見える
体育座りをしている
ぶ厚いカーキ色のタイツ
時折、膝のあたりを両手でさすっている
寒いのだろう
僕も寒い
彼女は物思いに耽るようにまっすぐ前を見て
僕にむかって話をしている

彼女は話をしている

僕はそのときはじめて
彼女が話をしているのに気づいた

普段は聞き上手と言われるのに
今日の僕はひどい

それまで僕は
カーキ色のタイツの下の脚を
のろのろと想像していた
どんなだったっけ?
彼女の脚

彼女の肩はよく覚えている
暗い部屋で見た白い陶器みたいな肩
子どもみたいなのに大人の身体
貝殻みたいな耳

いつからか
女性の裸が恐くなった

ナイフで皮を剥がれ
血まみれになった動物の体のようだ

「綺麗じゃん、女の身体」
友だちは言った

確かに綺麗だよ

「心臓に
直接触っているような気分になるんだ」
僕は言ってみた

友だちは僕のほうを見て
「なにそれ、わかんない」と言った
僕だってわかんない

彼女はまだまっすぐ前を見て話をしている
今日の僕はひどい

僕らの目の前には広大な海がある
波の音は想像していたよりずっと大きい
白い波しぶきがここまで届きそうだ

遠くのほうにぽつりと
舟が浮かんでいる
なんだかさみしそうな舟だ

いつの間にか彼女の話は終わっていた
彼女も同じ舟を見ているようだった

「漁船かな?」彼女は聞いた
「さあ?」僕は答える


自由詩 ぶ厚いカーキ色のタイツ Copyright 栗山透 2013-09-15 00:24:01
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