ことわりの海
木立 悟
波打ち際
囚われ
葉の陰の家
ひらくことのない窓の奥で
何かが白く動いている
夜と夕べ
決まった時間に
舌に触れる
かたまりの記憶
触れては遠のく
高台の径
常に 曇る
雨粒のつくる風が
葉の裏側を揺らす
何もかもが何もかもを押し
皆 どちらかを向いてゆく
水が水の円柱を摑み
空は軽くも重くもなる
街はふいに点き ふいに消え
さかさまの夜が降りつづく
重なる倒木の宙の径を
砂と霧がすぎてゆく
土のしずく こがねのしずく
わずかにわずかにまたたく静けさ
梢を仰ぐ
雪の上の鳥
遠いふるえ
降る影を聴く
街を見下ろす崖の家は
夜と波と風に隠され
ひとつの窓だけがぎらぎらと
片目のようにかがやいている
誰かが消えても
何も変わらず
隣に浮かぶ虚ろ舟には
海の底から来た海が
常に常に寄せては返す