クロスプレイ/八月の秒針
佐東

覚えたてのシンカーの握りかたで
深く沈んでゆく
午睡

サイドハンドスローで
手渡された
ワンナウトランナー
八月二十日

野球帽のひさしの影に
そっと触れる
オーシツクツク

人差し指を
くるくる回して
レフトフライが
落ちてくる

しっかりと両手で捕球するんだ
黒い顔した父さんの白い歯が真上から囁く

蝉の羽音が
四方に散らばる

透明のランナーが
タッチアップの姿勢に入る

子犬の影が
一回だけ揺れた

センタースコアボードの大時計は
秒針を盗まれたままで
次の時報を手渡せない

ブロックの間隙をついて
劇的な八月ツーアウト
一点差
ランナー無し

ネクストサークルで
素振りを繰り返す
秒針



* * * * *



((八回裏ワンナウト三塁、八番バッターの打った打球は思いのほか伸びて、レフトフェンスギリギリまで下がった。積乱雲から分裂した小さな球状の細胞は、みるみる大きくなってきて、そいつは野手全員のグラブを併せても捕れない大きさでグラウンドを覆い尽くした。レフトの定位置で、羽化したての蝉が、まだ皺の残る翅に水分を送っている音がしている。夏の間聴いていた気がするんだけど、よく覚えていない。))



* * * * *



気の遠くなるほど暑い
ベースランニングのかけ声だけが
白く日焼けしたグラウンドの隅で
背番号のない夏の影を
蘇生させる
















自由詩 クロスプレイ/八月の秒針 Copyright 佐東 2013-07-19 00:07:10
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