やや

幸せだというくちびるがひび割れていて
わたしの手の甲をなでるあなたの指は痩せて、かたい
アルコールのにおいが立つゆるんだ皮膚
蛇のように絡まる指、その言葉


女になんて産まれて何もいい事なかった。ただ虐げられ、蝕まれ、何もかも犯され、蔑まれて、誰にも認められず、休むことなく、ただひたすら働き、子を養い、暴力に耐え、痣をつくって、傷を縫って、腫れをひかせて、指を切り、すがるものもなく、身を庇って、腕をつかまれ、足はもつれ、シワは増え、皮膚はたるみ、毛は細くなり、叫ぶことも許されず、手首を見つめ、指を曲げ、膝の痛みを感じ、まぶたは上手く開かず、目もいつかは見えなくり、親は死に絶え惚けていき、兄弟などいないほうがよく、連れ添った相手は未だ他人で、子とは一体何であったのか。ただ、それだけであった。(腕を引かれ続ける)





毎晩欠かさずにしていた床寝は月光浴だったと知る
冷たいフローリングは青く縁どられ
粉っぽい光で肺を埋め、溺れ(首をかきむしる)

恐怖は喜びと違って、生まれつき
それは一つの信仰
(ねえ)
(きつくきつく抱きしめて くれたら、なんだってしてあげる)
(舌なめずり)





長い長い廊下を歩く
ワックスの塗られた床が黒く光っている
気をつけてもギシギシとなる床を 真夜中ずっと

台所にさえたどり着かなければいいと思っていた
給湯器の音が聞こえ、お米が炊ける匂いが立ち込め
私は気がつけば
分娩室のタイル張りの床に素足で立ち尽くしている





かわいいきれいうつくしいだいすきだと、もっともっといってください

他の何もかもを捨ててあなたに見えるものだけをただひたすらに磨いていました
でももうすぐ床をはって身体をくねらせ舌をちらつけながらあのおんながやってきますから
いそいで触れて抱きしめて全部あげるなにもかもリセットしよう
どこにだって入れてあげる
私だってもとの場所にかえりたい





しゅる、しゅる、と音が聞こえる

それは舌なめずりの音かもしれないし
産着をほどく音なのかもしれない


自由詩Copyright やや 2013-07-01 18:51:03
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