春風献上
佐々宝砂

おめでとう
あなたは三億だか五億だかの精子から
たったひとつ生き延びた
毎月トイレに流れてゆく卵子から
たったひとつ生き延びた
なんて運がいいのおめでとう
私も運がよかったのだけれど
あなたも私と同じくらいには運がいいのよ
だからおめでとう
信念も新年もほとんど意味がないけれど
そんなことどうでもいいわおめでとう
乱れきった非道な世界の一年を
あなたも私も生き延びたのよ
こんなにおめでたいことってないでしょう
だからおめでとう
地球は温暖化しているらしくて
1月になったばっかりだってのに
私の庭にはもう
ほとけのざがピンクの花を咲かせている
変な天候よね
そろそろ大地震がくるかも
でもとにかく一年生き延びたのよおめでとう
去年も人類には子どもが何人も生まれた
今年もきっと何人も生まれる
人は今年も絶対に死んでゆくけれど
そんなことがなんでしょう
私は生き延びた
あなたも生き延びた
空にはまだ月が輝いている
春の風がじきにやってくるでしょう
まだ空は冴えて冷たいけれど
冷たさもそれなりに必要なのよおめでとう
去年一年をどうにか生き延びてきたように
私は今年も生き延びてみせる
あなたもどうか生き延びてみせてね
私はあなたの手伝いなんかしないけど
あなたも私の面倒を見ないわけだから
おあいこで
でもどうか
今年一年を生き延びてください
たくさんの生き物たちを食い殺し
たくさんのひとびとを呪い
みっともなさの限りを尽くし
そうよ何をしたってかまわないから
今年一年を生き延びてください
私は生きているあなたが好きです
どうか死なないでください
どうか


自由詩 春風献上 Copyright 佐々宝砂 2005-01-02 00:53:37
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