名医
イナエ

               
名前を呼ばれていつものように 診察室に入る
顔も見ないで どうぞと言う医師
顔も見ないで 
 「不整脈は 落ち着いているようです」
と言いながら シャツをぬぐぼく

両手首 取って脈を調べる医師に
 「耳鳴りが二重奏になって」
 「耳鼻科は行ったんか」
 「治らん言って 相手にしてくれません
  冷たいもんや」
  
聴診器の動きが胸の上部で止まる
 「あれは 命にかかわることないでな
  まあ賑やかでええがな 
  はい背中」
  「そりゃまあ賑やかですけどね」

向きを変え 話題も変える
  「この頃物忘れがひどくて
  昨日は 老人会の会合忘れて
  朝は覚えていたのに・・・」
 「あはは この歳になりや 良くあることやな
  メモしておいても 見るのも忘れるで
  頭いたいわ」
(あ 先に言われてしまった) 

立ち上がり いつものように
ベッドを見る医師
ベッドに上がり
いつものように左腕をだすぼく 
 「叔母がこのあいだ
  MRIで梗塞の跡が見つかったとか・・・」

血圧計のバンド巻きつけて
  「MRIかぁ」
(そら来た 保険で脳検査できるかな)
にんまりするぼく

 「撮ったろか言われるが 撮らん
  この歳になれば 
  梗塞の一つや二つあるわな
  見つかったところで・・・」 

(あらら 話がずれていく)
 「この先 どれだけもつやら
  さみしいもんや」

ここで相づちは禁物だ
話は平均余命になって 「ぼつぼつ準備せな」と来る
それは聞きたくない

 「血圧 まあ普通やな 何時もの薬出しとくから」
カルテを看護師さんに渡して
 「じゃ」

診察終了を宣言されて 
物忘れも 頭痛も診察室に置いたまま
まだぐずぐずしている耳鳴りを連れだす

金を払い 診察券を受け取って
健康になってしまったぼくは 小春日の中へ出ていく

後から看護師さんが大声で呼び止める
 「お薬 持っていかな!」




自由詩 名医 Copyright イナエ 2013-06-19 10:24:07
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