笛吹きケットル
ただのみきや
笛吹きケットルが壊れて
笛吹かずケットルになってしまった
笛を吹かない笛吹きケットルは使い難くて仕様がない
ケットルを買い変えようと思った矢先のこと
突然 笛吹かずケットルが言った
「おれは笛を吹けなくなった訳じゃない
笛を吹く気にならないだけだ」
理由を問うと
自称『笛は吹けるが吹く気にならない笛吹きケットル』
が答えて言った
「おまえが踊らないからだ」
「……なに? 」
「おまえこそ笛吹けど踊らずのダメ人間じゃないか
こんな使えない奴はお払箱だ
もっとしっかり踊れる人間と入れ替えてやる」
おれは困惑した
そして だんだんと沸騰してきた
「それじゃあお前がしっかり笛を吹けるかどうか
おれが踊れるか踊れないか試してみようじゃないか! 」
おれはケットルの蓋をあけ 水道を全開にして冷水をぶち込んだ
ケットルの奴が 「つぅッ! 」 と漏らしたがお構いなしに
そしてケットルをガステーブルに乗せて強火で点火した
おれたちは互いに睨み合ったまま黙っていた
時間だけが何食わぬ顔 冷静さを保っていた
お湯の温度が上がりはじめる
?こおおお?と低く唸っている
だがこれは薬缶ならば当たり前のこと
笛の音とは程遠いものだ
やがてケットルは激しく蒸気を噴出した
蒸気穴からも注ぎ口からも
――完全に沸騰したのだ――
だがケットルはただグラグラしているだけだ
必死に笛を吹いてはいるが
かつてのような音色は出なかった
やつは高熱と高圧にさらされながら
いつまでも音の出ない笛を必死に吹き続けていた
おれはだんだんケットルが憐れになってきた
かつてはできていたことが
今は できなくなったのだ
「来年度、お前を会社にとっての戦力とは見ていない」
「実績が上がらなかった営業所は閉鎖だ」
「君は自分で思っているほど評価されているわけではないよ」
何度 おれも「お払箱」「役立たず」で悔し涙を流したことだろう
おれは火を止めてケットルを見つめた
ケットルはもう何もしゃべらなかった
そもそもケットルがしゃべれる訳ないのだが
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おれはケットルを買い変えた
新しいケットルは見事に高音を響かせる
ケットル界のまるいすでえびすってとこだ
あいつは今 玄関の棚の上
もう蓋は脱ぎっぱなし
布袋草を一株浮かべては
ひんやりと小さな金魚を住まわせている
プレッシャーのかからない毎日だ
≪こんな余生も悪くはないだろう≫
おれは勝手に思っているのだが 本当のところ
引退したケットルの気持ちなどさっぱりわからない