砂漠の花
済谷川蛍

 老人は青年に諭すように言った。
 「中国の長城のように長い人生にも、終着点はある。生は死に対して一瞬である」
 青年は答えた。
 「死は生に対し、一瞬である。あまり一過性の死に囚われすぎないことです」
 老人は嘆息するように首を振った。そして目を細め、語気を強めて声を震わせた。
 「このけだるさを一掃し、冷たい地の底に沈下させる清浄の波をわしはずっと待ち続けておる」
 老人は悲愴感で縮こまった小人のように声を弱めた。
 「わしは、自分自身の夢の産物なのだ」
 「……夢」
 青年は最近、現実を受け止め、平凡に生きてみようと思った。生きるための死を、詩を求め、歩き始めたばかりだった。だから老人の言葉を酌み交わすことは出来なかった。
 老人は両手を奇妙に動かしながら言った。
 「わしは、ここにはいない。今もどこか、別の地球にいるのだ。その地球はすべての大陸が砂漠に覆われた絶望の星だ。ここにいるわしは、その星の砂漠に肉も血も吸い取られた骸骨の妄想に過ぎない」
 老人は震えだし、両手で顔を覆った。何も言わず申し訳なさそうに立ち去ろうとする青年に向かって「お前も同じだ」と呪いの言葉を吐いた。
 「同じではない」
 青年は咄嗟に呟くと冷笑して振り返った。
 「悲観だけじゃ現実は語れない」
 「黙れ!」
 老人は血相を変え青年を睨み付けた。
 「真実に囚われちゃ現実を生きれない」
 青年は今度こそ立ち去った。
 
 数千万のまぶたが閉じられ夢を見ている時間に開け放たれている無数の瞳。彼らは待ち続けている。このけだるさを一掃し、冷たい地の底に沈下させ、花を咲かせてくれる清浄な波を。


自由詩 砂漠の花 Copyright 済谷川蛍 2013-06-09 01:30:04
notebook Home 戻る