涙の犯した悪ふざけについて
茜井ことは

その詩人は彼自身の紡いだ言葉で
ひとりの少女を殺してしまうことを切望していた
その欲のために詩人は
自らの涙をインクにして
少女へのあふれでる恋着を
毎夜手帳にストックするのだった
書きつけるや否や蒸発していく文字が
まばゆい結晶に凝固する日を待ち侘びながら

涙とはすなわち血液である
憤怒が脱色された諦めの液体である

問題は詩人が涙の正体を知らないことだった
では、忘れ去られた詩人の怒りは
いったいどこへ行ってしまったのだろう?

伸びていく少女の髪に耐えきれず
とうとう詩人は
少女をその手にかけるべく
一篇の詩を編もうと決めた
波打つページが延々と続く手帳を
詩人はめくり
めくり
何通もの艶書を送り出そうとしたのに
窓ガラスに映った顔が歪んでいるのは
どうしてなのか

もぬけの殻のアパルトマンに
打ち捨てられた手帳を開いてみると
赤いインクで描かれた
さみしい男が見えるという噂です




自由詩 涙の犯した悪ふざけについて Copyright 茜井ことは 2013-06-03 20:38:11
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