(最終回)アーヤと森とふしぎなひかり
吉岡ペペロ



あの日まあるい芝生でヒョウスケくんを待ったことをまるでさっきのことのようにアーヤは森の木々を見つめながら思い出していました

ヤンおばさんの家から飛び出したアーヤはまあるい芝生に向かって走りました

森の木漏れ日が土色のうえを揺れもしないでじっとしています

買い物ぶくろを持ってないから身軽です

ひょいひょいひょいとおおきなねっこを越えてゆきます

森はだまったままでした

いつもだまったままなのにあの日は余計にそうでした

森のなかだけ時間がとまっているようでした

あんまりゆっくり、時間がながれてるから、うごいてるのが、わからないんだ、

アーヤは森の木々が風に揺れるのを見つめていました

あの日から十日がたちました

アーヤはヒョウスケくんのお葬式には行きませんでした

ヒョウスケくんと仲直りしたのに大好きなヒョウスケくんのお葬式にはどうしても行けませんでした

まあるい芝生にヒョウスケくんは現れませんでした

マヨネイズさーん、ヒョウスケくんを、探してよー、ねえ、マヨネイズさーん、

アーヤは声をからしてまあるい芝生のぐるりになんども叫びました

まあるい芝生を何周もまわりました

芝生のまんなかでも叫びました

まあるい芝生にお母さんを見つけました

アーヤ、

ひとりごとのようにお母さんがアーヤの名を呼びます

いちばん、悲しいのは、ヒョウスケくんの、お母さんよ、

もう太陽は森の向こうにかくれています

お母さんはなにを言ってるんだと思いました

いちばんって、なんのこと?

アーヤは太陽がかくれてできた森の影に立ちすくんでしまいました

あしたも、ここに、来るから、

アーヤはすっかり暗くなったまあるい芝生から帰ることにしました

アーヤの部屋から見える森が青黒く揺れています

あの日のふしぎなひかりを思いました

陽が落ちたわけではないのに薄まってゆくひかり

影の色まで淡くなったようなふしぎなひかり

ひかりのリングや迷いネズミの影

欠けた月のマークみたいな木漏れ日

あの日のヒョウスケくんまでまぼろしのようでした

だとしたら、ジャムとバターの瓶は、どこにいってしまったの、

あの日からアーヤは毎日まあるい芝生に通いました

お母さんもついてきてまあるい芝生のぐるりを駆け回りながら叫んでいるアーヤを待ちました

帰り道お母さんは言いました

どうにもならないことなのよ、それをどうにかするために、生きてるわけじゃないんだよ、

群青いろの森の影からヤンおばさんが現れました

ヤンおばさーん、

アーヤは窓から手を振って階段を駆け降りました

ヤンおばさんは伝書鳩で今夜アーヤの家に来ることを知らせていました

手紙に書いてあったことをアーヤは悲しみそしてとても喜びました

ヤンおばさんは遠くの町に引っ越してしまうのでした

そして手紙にはアーヤへの言葉も書いてありました

アーヤは階段を降りると夕食の用意をするお母さんの腰まわりに早口でまくし立てました

お母さん、ヤンおばさんが来たわよ、約束よ、お夕食を食べたら、ヤンおばさんと、まあるい芝生に行くの、約束よ、

わかってますよ、

お母さんがアーヤの目を見てうなずきました

お母さんの目がさっきから泣いていたように疲れていました

アーヤはその目を見つめて言いました

お母さん、きっと会う、大丈夫、きっと会ってくる、

お母さんがしずかな微笑みをつくりました

伝書鳩の手紙にはこう書いてありました

満月の夜、夜のマヨネイズたちが、まあるい芝生に、たいせつなひとを、連れてきてくれる、あしたは満月、アーヤちゃん、いっしょに行きましょう、


ヤンおばさんは今夜アーヤの家に泊まることになっていました

夕食を済ませたヤンおばさんはアーヤに目配せをしました

アーヤもそれをうけてお母さんに言いました

じゃあ、お母さん、いってくるね、

お母さんはアーヤを見つめてからヤンおばさんにむかって微笑みました

大丈夫、

アーヤはすこし口をとがらせてそう言いました

アーヤちゃんは、しっかりしてるから、じゃあ、ちょっと行ってきます、

ヤンおばさんが立ち上がりました

アーヤは買い物ぶくろにお母さんが用意してくれていたパンを入れました

ジャムとバターは入れませんでした

お母さんに見送られてふたりは手をつないで出発しました

ヤンおばさんがいくら言ってもアーヤは買い物ぶくろを離しませんでした

木々の枝葉のあいだから星空がのぞいていました

星空が木々にまとわりついているようでした

木々に星の実がたくさんついているようでした

ヤンおばさん、たのしい、

おばさんもよ、ヒョウスケを、毎日、まあるい芝生で待っててくれて、ありがとう、

あたし、ピンと来たよ、夜のマヨネイズさんたちが、迷子のヒョウスケくんを連れて来てくれるんだ、

アーヤちゃんのおかげよ、夜のマヨネイズさんたちが、まあるい芝生に連れて来てくれること、思い出せたんだから、

あたしの、おかげで?

うん、たいせつなひとがいなくなってしまったことなんて、信じちゃいけないんだって、アーヤちゃんが、思い出させてくれた、

満月のひかりがあしもとに薄い影をつくります

アーヤはあの日の薄いひかりを思い出しました

マヨネイズたちがふたりをやさしく撫でています

ヒョウスケくん、ジャムとバターばっかり、なめてるんだろうなあ、

なんで?

ヒョウスケくん、ジャムとバターの瓶だけ、とっていったんだもん、

ヒョウスケが?

だからヒョウスケくん、知ってたんだ、

なにを?

今夜あたしが、パンを持ってくること、だって、ヒョウスケくん、ふしぎなひかりのことも、知ってたんだもん、

アーヤはヤンおばさんの手をぎゅっとにぎりなおしました

ヒョウスケくん、マヨネイズさんと、話ができるんだよ、

ヤンおばさんがアーヤのあたまの上で言いました

おばさんね、思い出したんだ、ヒョウスケのお父さんと、まあるい芝生で、会えたこと、

わっ、すごい!そのとき見たの?夜のマヨネイズさん、たのしいなあ、

アーヤはヒョウスケくんとまた会えると嬉しくなりました

でも、

アーヤは不安にもなりました

ヒョウスケくんのお父さんをアーヤは見たことがなかったのです

ヒョウスケと、ふたりで会ったの、まあるい芝生で、あのひとと、

ヒョウスケくんとヤンおばさんが満月のまあるい芝生で会ったというヒョウスケくんのお父さん

そのことをアーヤはくわしく聞くことができませんでした

ヒョウスケくんからもそのことを聞いたことがありませんでした

木々のむこうに青いひかりがのぞいていました

まあるい芝生が近づいていました

マヨネイズたちがふたりの頬をおいでおいでをするように触れています

ヤンおばさん、見えないけれど、夜のマヨネイズさんって、やさしい、

そう、やさしくて、さびしくて、あったかい、

さびしくては余計だなとアーヤは思いました

アーヤはヤンおばさんの顔を下からのぞきました

ヤンおばさんもアーヤの顔をのぞいていました

目を合わせるとふたりが晴れやかな顔になりました

ふたりはまあるい芝生に足を踏み入れていました

まんなかに行こうよ、

アーヤが駆け出しました

ヤンおばさんは空の月を見つめていました

まあるい芝生には月のひかりが満ちていました

やわらかい緑の発光が空にのぼるにつれて青くなるようでした

ヤンおばさん、はやくー、

ふたりはまあるい芝生のまんなかで背中あわせに座りました

パンは買い物ぶくろのうえに紙をしいてのせました

アーヤは空を見上げました

雲ひとつないような満月の夜空です

マヨネイズさん、はやく、ヒョウスケくんを連れてきて、

アーヤはまだかまだかとそわそわしました

くっついた背中があったかくてとてもたのしい気持ちになっていました

たのしい、たのしい、たのしい、

アーヤはわざと三回言いました

それからしんとして宙を見つめなおしました

ひかりは粉のようでした

粉はみんな夜のマヨネイズです

風がひとふき過ぎ去りました

けれどひかりの粉は風に流れませんでした

マヨネイズたちはまあるい芝生に満ちたままでした

あ、パン、

アーヤが声をあげました

パンがなくなっていたのです

ヤンおばさん、パン、パンがない、ヒョウスケくーん、

ふたりが立ち上がりぐるりを見回します

ヤンおばさん、ヒョウスケくん、いるよ、ヒョウスケくん、いる、

ヒョウスケ、

ヤンおばさんがちいさな声で叫びます

ヒョウスケくーん、ヒョウスケくーん、

アーヤがからだをぐるぐる回しながらヒョウスケくんを探します

あ、おっとっとっと、

アーヤは目を回して倒れてしまいました

ヤンおばさんの靴が目の前です

倒れたアーヤに声をかけないヤンおばさんをアーヤは見上げました

それからヤンおばさんの靴先のむこうに目をやりました

ちいさなひかりがふたつ芝生のうえにありました

倒れたまま見つめているのでどのくらい遠くにあるのかわかりません

それはとても近くにあるようにも見えました

ふたつのひかりがあのジャムとバターの瓶だとわかったからです

ふたつのひかりがふたつの瓶のなかで光っています

アーヤは倒れたまま顔をヤンおばさんに向けました

あ、

ヤンおばさんの頭のうえ高くに見えていた満月がきえたのです

けれどあたりはひかりにあふれていました

ヤンおばさんのかすれた声が聞こえました

アーヤは思わずふたつの瓶のふたつのひかりに目をうつしました

ふたつの瓶からひかりがあふれて揺れていました

おとなとこどものかたちをしたふたつのひかりが瓶からあふれて揺れていました


携帯写真+詩 (最終回)アーヤと森とふしぎなひかり Copyright 吉岡ペペロ 2013-05-19 10:42:01
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