白い国(小説)
莉音
そこはカーテンで閉ざされた、暗く狭い部屋で、ドアは開けられず、ガラスで閉ざされた小さな窓が一つあるだけだった。無表情な少女が一人、ベッドの片隅で蹲っていて、携帯電話を片手に、足を組んで遠くを見つめていた。少女は意識の境にいた。得体の知れない不安と恐怖とで、半ば気はふれかけ、異常なまでの不安によって、その現実感をどうにか保っているのが限界だった。自分が生きているのかどうかすらわからなくて、小さなカッターで腕を切った。そうすると少しの間だけ、混沌とした世界に鋭い痛みを感じることができて、自分がまだこの世の人間なのだと自覚した。いつからこんなところにいるのだろう。思い出そうとしても分からなかった。まるで生まれたときからここにいた気がする。窓の外は常に明るく輝いていて、一度も少女は窓にかけられたカーテンを開けたことはなかった。
その時、不意に外からドアが開けられた。長い白衣を着たその男は、少女に安堵と懐かしさの気持ちを思い出させた。男は少女に言った。
「窓の外には何があると思う?」
少女は答えず、怯えているばかりだった。男がカーテンを開けようとすると、少女は悲鳴を上げて、ベッドの上で小さく丸くなった。光が怖くて、けれどもそれが世界なのだと気づいていて、絶望しか感じられなかった。
「かわいそうに」
そう、男が静かに、それ以上なく優しい声で呟いた。それから無言で少女の頭を撫で、部屋の外へ出て行った。そうして、誰かと、少女の理解できない言葉で話している。二人はゆっくりと足音を立てて、部屋から離れて行った。
もうここで何年すごしたのだろう。ここがどこで、今がいつで、何も分からない。昔のことは何も思い出せないけれど、悲しくて、辛くて、そんな感情ばかりが溢れ出てくる。あの男の人は、時々少女に会いにきた。いつも優しく笑っていて、知らない誰かと一緒に来る。ときには夢の中にまで、彼は来て、彼女に安らぎを与えた。けれども今日は違った。少女の中で、男の声が何度もこだました。私がかわいそうなのは、窓の外が見れないからなのだろうか、外の世界に歩みだせないからなのだろうか。私がいるこの部屋が、世界と寸断されている個室だからだろうか。
ある日の夜、白衣の男が来た。少女は尋ねた。
―ねぇ、ここはどこ?―
「ここは病院だよ」
―病院?―
「そうだよ」
―あたし、病気なの?―
「大丈夫だよ、すぐによくなるから」
男が去った後、窓の外を見ようと思ってカーテンを開けたが、怖くて外が見られなかった。けれど、ガラスに映った女は、もう少女ではなかった。もう大人になりきった、一人の女がそこには映っていた。
これが、あたし?
どうして?
女は暗いところに慣れた目で、必死に光を見ようとして、カーテンを開けて、窓の外を見た。外の世界は冷たくて、何の色もない、果のない真っ白な場所だった。
――翌日の朝、雪国のとある病院の窓の下で、白く輝く雪の上に横たわる、真っ赤な血を流した女の遺体が見つかった。半開きの瞳から流れた涙の跡が、冷たく凍り付いていた。