luck-lack
Debby

ある朝のことを、君たちに話そう。
文体のことは考えないでほしい、それはけっして
と言いかけたときに
船出の音がした、なめらかな櫂が
長い時間に晒されて
すり減ってしまったきみたちの
船出の音がした
ある朝のことをもう一度
はなし始めよう

ぼくはきっと、それほど長くはここにいないし
君がいなくなった世界のことだって
想像するのは難しくない
くりかえし、喪われ、寒い朝には涙さえ出た
風の音がした
もうずっと遠くなってしまった

ちっちちち
ちっちちち
こういうふうな、音で
山を一つ越えた向こうで
リズムが続いている
青い色をした飛行機が、暗い空でとんぼを切る
それはもうずっと遠くなってしまった
風の音がした

冷蔵庫が草むらに一つ横倒しになって
捨てられている君は
それに座り込んで
考えていたことばかりが
空を横切ることが
くりかえし、喪われ
夜明けの空には憎しみさえ覚えた
電気製品のうなる音が
少しずつ高度を上げる
君の部屋で
もう少しで、もうすこしで、
飛べない

かなしいことを考えるのはよせよ
それはすぐに悪いことになってしまう
大丈夫、ドアはきちんと全部閉めた
大丈夫、この部屋は寒くない
かなしいことを考えるのはよせよ
世界と君のあいだには
ほとんどなんの関係も
ないと考えていい
さみしいことじゃない
ずっとむかし、とても悲しいことがあってから
せかいはそんな風だ
今となって君はかみさまのことだって
きらいじゃない

考えて欲しい、こんな風だ
誰もいない遊園地が、長い時間の中で
崩れかけたコーヒーカップに腰かけている
彼のことを
テーブルの落書きを愛おしそうに
指で追う彼の平野には
きみたちはもういない
安心していい、人類は赦された
そういうことに
したっていい

ある朝のことを君たちに話そう
この浮遊感は45分で消えてしまうとして
いつか僕も君も、崖のしたに転がり落ちてしまうものだとして
もうきっと誰も思い出さないその場所で
我々がうしなったもののことを
船出の音がしていた
山の向こうで
ずっととおい場所で






自由詩 luck-lack Copyright Debby 2013-04-15 04:46:28
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